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天使の日差し

 クリスマス寒波の予報が、実際そのとおりになりました。作手には、23日金曜(祭日)に日帰りで行ってきました。山荘の暖房用の灯油と草刈り機用の混合油が底をついていたため、作手農協GSで購入しておきたかったのです。さいわいに日差しがありましたので、冬のドライブには、ちょうど良い天候でした。

 山荘、豆腐屋さん、道の駅、農協、GS、山荘の順。いつもどおりの日常の会話があり、ちいさな幸福がありました。それにしても、買い物をするさい車を出た時のなんという風の冷たさ。作手高原を吹き抜ける風の冷たさは、豊田あたりの風とはまったく違います。作手高原の気候・風土は、元来低温多湿の湿原ですので、冬の土には凍りつくほどの水分が含まれています。そうした水分を含んだしかもさえぎるもののない田の原を、冬の風が吹き抜け、吹き渡ります。やっぱり作手の風は冷たいなあ、などと妻と笑いあいながら、わたしたちは車の中へと逃げ込みます。

 こんなに冷たい作手だからこそ、冬の日差しのありがたさには、ひとしおのものがあります。ところで「日差し」について、わたしには印象深い映画作品があります。ヴィットリオ・デ・シーカ監督作品「ミラノの奇跡」(1951)です。貧しい人々を描いたモノクロの哀しい作品ですが、その中のワンシーンで、日差しが扱われています。

 重おもと雪雲の垂れ込める朝、まともに住む家も無い人々が、足踏みをしながら寒さをしのいでいます。すると、天上の雲の切れ間からひとすじの光が地上に差し、貧しい人々が一斉にその光の中へと集まり、おしくらまんじゅうをするようにしてお互いを暖め合う、というシーンです。

 なぜかこのワンシーンがわたしには忘れられません。物語はさらに、その光の輪の中に入ろうとする人やそれを押しやろうとする人々やらが描かれるのですが、そのひとすじの日差しがあたかも「天使の日差し」でもあるかのように、描かれているのです。わたしはふと我に返り、日常の日差しのありがたさをしみじみと思ったものでした。

 さて、山荘での昼食後、少し休み、シキミを採り、わたしたちは早めに帰路につきました。途中、ことし最後の墓参りのため、古瀬間墓地公園に立ち寄りました。午後の日差しの中を、妻はシキミを持ち、わたしと加奈さんは腕を組みながら、とぼとぼよろよろと行き来をして墓参りを済ませました。

すっかり葉を落とした、テレジアの山。
2011122301.jpg

加奈さんを、山の入り口に立たせて。
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日差しがまぶしい。
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手をのけて、と言ったら、目をつむりました。
2011122304.jpg

以上、2011.12.23撮影
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Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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