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高らかにひびく鳥の声

 日曜・月曜は雨との予報。そのため21日の土曜、日帰りで作手に行きました。今年に入り、作手に行ったのは、これで8回目です。これまで17週ありますので、平均、ほぼ隔週ということになります。内、宿泊は5回。職を退いたわりには、少ない気がします。でも、天候や自己都合など、意外と行く機会がないのも確かです。

 21日の山は、前回と異なり、一気に春の様相を帯びていました。植栽したものや自生のものなど、木々や草々に花が咲き、ことしの寒さのせいで咲き遅れた花も咲き、まさに百花繚乱の始まりの様相でした。これから5月の末近くまで、さまざまな花が咲き継ぎ、一年でもっとも華やかな季節を迎えます。

 季節の変化は、視覚だけでなく、聴覚でもはっきりと感じられます。一年をとおして常に聴くのは、谷地をほそく流れる水の音です。この水の音に加え、季節毎の音があります。今までは、冬の山を吹き抜ける風の音でした。今は、なんと言っても鳥の声です。特にオオルリです。ピーッ、ヒーッと高く鋭く澄んだ鳴き声に、ツルルルル…と低い声の尾が引きます。この連続音が、わたしたちの山峡の空に、高らかにひびくのです。もちろんそのほかの鳥たちの声も混じり、さながら天然の音楽に包まれているような感覚にとらわれます。鳥の区別はほとんどつかないわたしですが、季節毎の声の移り変わりは、分かります。

 豊田市周辺の山は、すでに若葉が萌え、山全体は淡く萌黄の色に霞んでいますが、21日土曜の作手の山は、ようやく萌のきざしが感じられる程度でした。400メートルの標高差の故です。ふもとの花々が咲き始めたとはいえ、山全体は、冬山のなごりをとどめています。若葉萌えまで、あともう少し。

芽吹きの前の林に、シロモジの黄の花が、霞むように咲いています。
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蕗の若葉に囲まれた、黄のラッパスイセン。
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コゴミ。少し背を反らした、少年たちを連想します。
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枯れ落ち葉の間に、スミレとイワカガミの花。
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ゼンマイの若芽。こちらは少女のおもむき。
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4.21撮影。
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春の山、自宅近くにて

 日曜に自治区総会があり、作手には行かずじまい。天候も良くなく、気分の晴れない週末でした。ただ自宅付近の日々の散歩コースには、草花や鳥など、それなりの自然発見があり、リタイア生活にも少しずつ楽しみを見いだしつつあります。

 先週は、散歩コース以外に、めずらしく野山を歩く機会がありました。いずれも、妹と妻に誘われて出かけました。妹は母をデイに、わたしたち夫婦は娘をデイに送り出し、帰るまでの時間を利用します。

 まず火曜日朝は、海上の森へ。春日よりのなか、主に南側の、山裾の森から丘陵地帯を散策しました。山裾の清流わきには、ショウジョウバカマにネコノメソウ、アオキの朱実に雄木の花が目立ちました。眺めの良い丘陵はミツバツツジ。丘陵をやや下り、小湿地にはハルリンドウ。ゆく道みちに種々のスミレ。妹お目当てのヒメコブシの花は、なんとヒヨドリに食われていました。

 水曜の朝には、妻の友人のOさんの誘いで、地元の「弘法さん」に出かけました。その日は、弘法大師つまり空海の命日(旧暦3月21日)にあたります。雨の降る中を弘法やまの地蔵めぐり。地蔵寺では、接待役のOさんからお菓子をもらいました。実はこの「弘法さん」、わたしがお参りするのは50数年ぶりです。幼稚園児らが列をなして、お参りに来ていました。

 翌朝Oさんから妻に、お礼の電話がありました。お礼を言われるほどのことではありません。むしろ良い体験をさせていただいたと、妻・妹ともども、感謝しています。Oさんによれば、こうした習わしも、ことしで最後になるとのことでした。とても残念です。

 金曜日の午後には、廃墟になった御嶽神社にゆくことにしました。わたしがこどもだった頃には、弘法やまめぐりで、この場所でも、ふるまいを受けたものです。その話を妻と妹にしましたら、ぜひ行ってみたいと言うのです。やはり50数年ぶり。道なき道を、記憶をたよりに、山に入りましたら、ありました。巨木に囲まれているため、下草はありませんが、手入れはされていない様子でした。

 ついでに、隣の集落の御嶽神社に行くことにしました。ここは、数年前に廃墟となりました。倒木がそのままになっている山道をのぼりきると、まさに廃墟のおもむきで、石像が並んでいます。ただ一本、ミモザアカシアの黄色な花が、森中に芳香をただよわせているのが、救いでした。

 以下、弘法さんの地蔵めぐりの歌。

雨のふる弘法さまのめぐりの日菓子をもらいに傘差してゆく

八重しだれ花の匂える地蔵寺雨のふる日にわれら来にけり

なだらなる弘法やまの中ほどに桜花匂う地蔵寺あり

雨のふる弘法やまに吾ら来て傘差しながら地蔵をめぐる

丸き石小さきを踏みて登りゆく弘法山の諸木々低し

蛇行せる坂ゆるやかな路をゆき折々に会う石の地蔵さま

よだれ掛け頭巾あらたに愛らしくちいさき石のお地蔵まします

花を活け小盛りの飯を供えあり小さき石のお地蔵さまに

山桜ツツジ匂える花の山地蔵めぐりの山に雨ふる

なにゆえかふいに涙の滲み出づ弘法やまの地蔵めぐりに

雨のふるサクラ・ツツジの花の山地蔵めぐりのたまゆらの旅


不動明王

 「道の駅」に行く途中、お不動さまに立ち寄ってみました。塞ノ神城址への登り口にあります。ひさしく作手の石仏を訪ねていません。なつかしい思いで見ました。同時に、昔の人々の信仰心がしのばれ、あらたな感慨が湧きました。

 杉や馬酔木などの古木の根方の、石の祠の中に、お不動さまはちいさく鎮座していました。百年以上を経ているのでしょう、こまかな姿形は定かではなく、顔と胴とがぼんやりと分かる程度です。向かって左には、荒岩を組んで小滝がしつらえてあります。

 ちいさなお不動さまと、対して天に聳える巨木、傍らの滝。そしてこれらの対比を見ているわたし。不思議な気がします。不動尊は、大日如来の化身とされています。巨木と滝とわたしと、さらにちいさな不動尊。この不動尊が世界そのものなのですから、実はわたしと巨木と滝を包んでいます。ちいさなお不動さまを前に、わたしたちは、広大無辺の宇宙世界に生きていることを教えられます。

 水は生命の源、巨木の森は生命の息吹、わたしたちは生命のあらわれ、そしてお不動さまはこの宇宙世界の生命そのもの。こうした石仏の場は、作手のあちらこちらにたくさん存在します。それらはあたかも、宇宙に散らばり輝く星を連想させます。そして確かに、地球も銀河系宇宙の中のひとつの星であり、またわたしたち自身、ちいさな星のかけらの、ひとつひとつでもあります。

 このような場を、今の世に残してくれた昔の人々の営為に、わたしは心底敬服します。

里地から山ぎわに入り、すぐお不動さまに会いました。
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荒岩を組んで、ちいさな滝がしつらえてあります。
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巨木の根元に石の祠があります。
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祠の中に不動尊がまつられています。
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やはり石の不動尊です。
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不動明王の石標。
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お不動さまの上は、馬酔木の白い花房の傘。
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4.8撮影。

春の嵐

 三日の午後、この地方は、春の嵐に襲われました。たいしたことはなかろうと、午前中は高を括っていましたが、昼を過ぎた頃から、次第に不安になりました。ピークは、三時くらいから、夕方近くまで。嵐の過ぎた夕空には、淡い虹が立ちました。
 以下、一日を短歌にまとめました。

庭垣の柚子の木の葉をふるわせて雨雲のもと朝の風吹く

雨雲の小暗く覆う朝空に芽吹きの前の山影たかし

笹の葉を靡かせ山の木ぬれ影揺すりて風は小暗く吹けり

雨雲の風吹き止まず野も山も小刻みにふるえ居たる朝なり

雨雲の小暗く覆うこの朝を沈丁花の花はひらき初めたり

風暗く野に吹くさまを見て居たり朦朧としたる朝の気分に

昼前を野に山に吹く雨風をわれは見ているガラス戸越しに

昼を過ぎ雨風増せば施設へと妻はむすめを迎えに出でつ

雨風のいよよ激しき午後となり四方の雨戸を急ぎ閉じゆく

野を揺すり山を揺すりて春あらし空をとよもし風吹き荒ぶ

雨風の激しき中を帰りこし妻子をみちびく車より家に

雨戸閉め灯ともす部屋にわれら居つ春のあらしのとどろきの中

雨戸閉め嵐過ぐるを待つわれら常より早く湯を浴みにけり

湯に浸りまなこ閉ずればひそやかに裏山にふる雨の音すなり

雨風の激しき音の静まりて庭に出づれば虹の夕空

嵐去り庭に出で立ち仰ぎ見る虹淡々と春の夕空

嵐去りほのか茜のひかり差し虹の架かれる春の夕空

嵐去り宵闇のころ出でしとき雲間に明かし十三夜の月

夕空の虹。
1

淡い色です。
3

妹が撮った写真です。

プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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