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乙女らが袖ふる……

 しばしば冷たい雨がふり、風の吹きまくった週末、自宅で籠もるようにして過ごしました。この日頃の寒さは、昨年と同様のパターンです。日々の短歌日記で、それらが知られます。この春の作手の花が、はたしてうまく咲くのだろうかと、案じています。

 土曜の午後は、自宅付近の、雨あとの路を散歩しました。いつもの、田の原を見晴らす山ぎわの路です。風はなお冷たく、厚めのヤッケを着込んで、マスクをして歩きました。月暦では、雛の日。けれどまったく春は感じられず、気分も滅入ります。散歩コースの中ほどで、引き返すことにしました。

 後ろ手を組み、俯き加減で歩いていましたら、ふと、彼方の田の土手に腰を曲げ、何かを摘んでいる人を見かけました。ツクシかな、と直感し、歩みを止めて見ていたら、その人もわたしに気づいたらしく、両の手をふり、こちらに来いとわたしを手招きします。

 どうやら、おばあさん。知らぬふりをして過ぎようとしましたが、大きく手をふるその姿がなぜかなつかしく思われ、かなたの土手に向かい、田んぼの畦をくだりました。近づけば、やはりマスクをしたおばあさんです。

 ツクシですか、と声をかけ、しばらくの会話。お互いマスクをしているので、どんな顔なのかよく分かりません。土手のツクシ摘みを話題にし、手に余るほどを摘んだからとおばあさんは去り、わたしは残り、土手のツクシを摘みました。ほそほそとしたツクシでしたが、なんだか気分はほのぼの。

 大らかに手をふる女性のこころに、万葉の世界をかいま見るようでした。

■乙女らが袖ふる山の瑞垣の久しき時ゆ思いき吾は(柿本人麻呂)
 乙女らが袖ふる……。明るい未来を感じさせる、いいことばです。

■春の野にすみれ摘みにと来(こ)しわれそ野をなつかしみ一夜寝にける(山部赤人)
 のびやかな歌いぶりで、そこはかとなく恋心も感じます。

■かの野辺の媼(おうな)がわれに諸(もろ)手ふるツクシを摘みに来よと呼ぶらし(自作)
 万葉の世界から、がくっと現実に戻ります。まぁ、いいでしょう。
 わたしも、高齢化社会のまぎれもない翁のひとりですから。
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透明な織物 二。成功と努力

 成功と努力。このブログでは、場違いな言葉です。またわたし自身、こうした生き方とは、無縁といってよいでしょう。なのになぜ、こんな言葉を持ち出したのか。あるいは、作手の山とどんな関わりがあるのか。きっと疑問に思われるでしょう。まぁ、ショートミステリーを読む気分で、ほんのしばらくおつきあいください。

 成功と努力。本屋さんにゆけば必ずと言って良いほど、この言葉を扱う「人生ハウツー本」を多く見かけます。またグーグル検索で、「成功 努力」と入力すれば、本日現在で、3億6200万ヒットあります。ちなみに「成功」は、13億6000万ヒット、「努力」は8億3400万ヒットです。参考までに人間の根本欲である「セックス」は、1億2000万ヒットでした。これらのグーグル検索のヒット数は、日本人の心のありさまを分かりやすく示しています。

 人生ハウツー本、あるいはウェブ上でも、「成功と努力」についての主張は次の文言に集約されます。成功をするには、努力をしなければならない。成功への道と称する、おびただしい情報は、実はたったこれだけのことをさまざまな表現で主張しているに過ぎません。成功という結果は、努力という原因・過程がもたらす。仮に成功結果がなければ、努力が足りないか、間違った努力であると主張します。

 わたし自身にたとえてみましょう。わたしはお金持ちになりたい。そう思ったら、そのための努力をしなければなりません。言い換えれば、そのための努力をすれば、お金持ちになれる。或る意味、たしかにそうなのです。だからこそ、おびただしい数のお金のない人たちが、まず手始めに人生ハウツー本を読んだり、ウェブ上のハウツーサイトにアクセスするのです。

 ではそうした人たちのどれくらいが、成功し、お金持ちになるのでしょうか。言うまでもありません。ほんのひと握りです。限られたお金を求めてみんなが競争するのですから、競争に勝ち抜いたほんのひと握りの人たちだけが、お金持ちになれるのです。わたし自身はあいかわらずお金がありませんので、びりっけつランナーということになります。

 なぜびりっけつなのか。答えは簡単です。努力しないからです。ではなぜ努力をしないのか。これも答えは簡単です。お金儲けに興味がないからです。お金持ちにはなりたいけれど、お金を得るためにしなければならないことには、興味がないのです。興味がなければ、努力する気も起きません。なお誤解のないよう言い添えますが、生活の安定とそのための労働は、基本条件です。それを犯してまでの競争は、もはや社会が成り立ちません。

 わたしに限らず、成功願望は多くの人が持っていると思います。お金持ちになりたい、人々から賞賛を得たいなど。あるいは承認欲求、自己顕示欲など、程度の差こそあれ、わたしたち人間は欲望にとらわれています。

 でも現代は、そうした欲望が肥大化しているような気がします。成功という幻影に、多くの人たちがとらわれ過ぎているように思います。人間の幸福は、はたしてそうした過剰な欲望を満たすことでのみ、もたらされるのでしょうか。

 仮にいまここに、永続的な都会生活を条件に100兆円のお金を積まれたとします。そして一方で、いまのわたしたち家族の保障された生活と、そのどちらかを選択しなければならないとします。迷わずわたしは、今の生活を選びます。飛躍した極端なたとえですが、わたしたち家族の幸福の本質は、お金ではありません。

 成功と努力。成功は夢、努力は現実的行為。いかにも結びつきそうな言葉のマジック。幸福の青い鳥はどこ? 青い鳥(夢)を求め、旅(努力)をするチルチルミチル。童話「青い鳥」は、決して過去の物語ではありません。幸福は、ほんとうに身近にあるのだと思います。実に逆説的な言い方をすれば、その努力のなかに幸福はあるのだと思います。

ストォブの火で、カヤの実を煎りました。
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ピーナッツを淡泊にした味です。
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風が吹きまくっていましたが、日差しはまさに春分。
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間近な春の明るさが、感じられます。
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3.19-20撮影。

蕗の薹の季節

 先週、東京の或る植物学者の方から、メールをいただきました。HP「作手自然愛好会」経由です。以前発行していた、サギソウ便りの記事に関する、お問い合わせでした。もともと名刺代わりに作成したHPであり、基本的に見る人などいないと思っていましたので、まさか専門家の方の目に留まるとは、想像すらしていませんでした。

 メールによれば、調査のために作手に来られるやも知れず、大石さんに対応をお任せすることにしました。今回のことでわたしが痛感したのは、「作手自然愛好会」のあり方です。組織としての対応というより、大石さん個人の知識に頼っているのが、現状です。個人のデータを、今後は会員相互の共有データにするよう、機会をみて提言しようと考えています。

 さて、いよいよ山菜の出始める季節となりました。テレジアの苑では、二月の終わりにフキノトウが芽を出しました。それから二週間を経た今回は、つぼみもほぼ開き、やや時期を失した感があります。それでも摘むのがうれしく、妻といくつかを摘みました。

 日曜は良い天気に恵まれ、午前午後と、山の木草を刈りなどして過ごしました。加奈さんも日の当たる位置で、例によって監督です。夕暮れ近く、小雨となり、作業をなし終えた満足感をもち、山荘に入りました。夕餉には、少々の蕗味噌と味噌和えをいただいたのですが、山菜の豊富な東北にふと思いが至り、心の中で手を合わせました。

ちょっとひらき過ぎかな。
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向かって左が食べ頃のフキノトウです。
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寒さのせいで、なかなかひらきません。
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雪割草。そのほか福寿草もひらいています。
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これから作業に向かいます。
向かって右の笹藪でごそごそしているのが、お母さん。
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坂みちをのぼります。
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ちいさな谷向こうの山荘。
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これから、この場所で作業です。
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3.11撮影。

わたしの近況

 今回は、わたしの近況を簡単に報告します。実は先月、失業給付金の受給期間が終了しました。62才で定年退職をし、給付金受給の関係で新たな職を探していたのですが、当方の希望に添う仕事が見つからず、結局、完全リタイアの身となりました。

 求職活動中は、精神上かなり苦しみ、迷いました。詳細は省きます。ひとつだけ言い添えれば、わたしの命もそんなには長くないかも知れない、との思いがありました。同世代の方々の訃報が、他人事とは思えなかったのです。

 いまのわたしは、比較的すっきりした気分です。年金の一部受給という身ですので、妻のてまえ、正直、若干の心残りはあります。でも、わたしはもう、人生の最後のステージに入っていると考えます。

 最後くらい、自分のしたいことをしたい。それには、精神力・体力が必要です。老い衰えてゆく体を少しでも保つため、いまは散歩を日課としています。それに多少の筋肉運動とストレッチ、そして掃除など。とにかくまずは体力です。……と、息も絶え絶えに意気込んでいます。

プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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