FC2ブログ

メダカの縁結び

 27日の金曜の夜、作手の大石さんから電話がありました。午後の四時頃から雪が本格的に積もりはじめ、夜にかけて降り続く様子とのこと。それで29日に予定していた湿原の草刈りを、2月の12日に延期するとの電話でした。

 いったん雪が積もると、湿原の草はその重みで倒れ伏してしまうので、草刈りはできません。しかも作手の雪は、気温が低いためになかなか解けず、日陰などではそのまま凍りついてしまいます。暖かい日がつづき、雪の解けるのを待つしかありません。

 こうした状況で、作手に行くことすらできず、この週末はまたまた豊田の自宅で過ごしました。ところが、縁とは不思議なものです。ある人に出会いました。虫や植物に興味のある五十代の男性です。その男性を、なんと作手の山荘に招くことになったのです。

 土曜の午後、籠もってばかりはいられないと、散歩に出ました。自宅付近は、豊田市といっても旧郡部なので、山もあれば川もあり、田んぼも広がる田舎風景です。ただしその間を国道が走り、ダンプや車の往来が激しく、その騒音は一日中続きます。私たちがふだん利用する散歩コースは、国道から田んぼをはさんでやや距離をおいた山ぎわの、比較的静かな路です。地元の人たちも多くが利用しているコースです。

 散歩の折り返し地点は、いつも決まっているのですが、その日はもう少し距離を伸ばしました。部落の神社が新築最中とのことで、どのくらい工事が進んでいるかがなんとなく頭をよぎり、そこまで行ってみようとふと思い立ったのです。

 ちょうどその新築最中の神社まで来たとき、向こうから左手にバケツ、右手に網竿を持った見知らぬ初老の男性がやって来ました。いつもは軽くあいさつをする程度ですが、男性のいでたちに、ちょっと声をかけてみました。「なにか、採ってみえるんですか」。「ええ、メダカくらいですね」。メダカ! このたったひとことが、その日の二時間を越える話し合いに展開しました。

 実は近年、作手においてメダカを見ることがほとんどなくなりました。このことは、大石さんや鈴木さんも同様に述べています。植生においては、自宅付近より作手の方が確実に豊かです。自然環境全般にしても、一見、作手の方が良好に思われます。それがなぜ、ここにメダカが居て、作手には居ないのか。作手地区全体に定期的に行われる、農薬の空中散布があるいは影響しているのでしょうか。

 とにかくそんなこんなの話で、寒い風の吹くなかを、男性と路端にしゃがみ込み、ついにはわたしの自宅にまで車を回してもらいました。そしてさらに妻をまじえ、わたしどもの部屋でさまざまを語り合いました。名古屋市天白区在住の、市の行政マンとのこと。作手にアセビの花咲く三月ころ、山荘に来ていただくことを約束し、別れました。

 不思議な縁です。作手に行けなかったからこその出会い。しかもいつもよりほんのちょっとだけ散歩距離を伸ばしたから。そしてちょっとだけ声をかけたから。バケツの中には、メダカのほか、スジエビ・シジミ・カワニナが水中を浮遊し、また沈んでいました。
スポンサーサイト



とりとめのない作手のはなし

 土曜は小雨。日曜は薄曇り。とても作手の山にゆく天気ではありません。二日間とも自宅に籠もりました。月曜朝、薄日が差していましたので、迷ったのですが、とりあえず妻子とともに三人、家を出ました。天気が回復しそうなら作手に。悪くなりそうなら市内で買い物など。

 実はわたし自身は、体調がすこぶる悪く、作手行きには内心気が乗りませんでした。ただ米がもうなくなりかけ、作手の大石さん宅にゆく必要もあったのです。また作手への国道301号が作手手前で三月まで通行止めとなり、そのための別の道を確認しておきたいこともありました。さらに作手の山で用いる一輪車のタイヤ交換の必要もあったため、これもはやく済ませておきたい気持ちもありました。

 車を走らせていると、だんだんと日差しが明るく暖かになり、結局そのまま作手に向かいました。豊田から下山へと走り、通行止め箇所を避け山中の間道へと入りました。そのため今回からは、軽貨物車で走ることにしています。山道をゆるゆると行き、旧作手村天然記念樹指定のヒイラギのある道へと無事出ることができました。この間、対向車は軽乗用車が一台のみ。十時半頃、作手の山荘に着きました。

 テレジアの山は、ほどよいやわらかな日差し。この山に入ると不思議にからだが軽くなり、心が解き放たれたような気分になります。山の中腹のプレハブ小屋でわたしが一輪車のタイヤ交換をしている間、妻と加奈さんはほんの少し山を歩きました。そして大石さん宅に米注文の電話をかけ、その後、「道の駅」に。大石さん宅には昼前に立ち寄りました。

 大石さん宅では、ご夫婦おそろいで、あれこれといろんな話を伺いました。水は2リットル入りペットボトル24本、また蜜柑をいただいたり。こういう井戸端会議では、わたしは口の活発な妻の陰に隠れ、もっぱら相づちを打つ役です。米二十キロを抱えるのに難儀し、今回わたしが小さな台車を持参したのも、大笑いの種。

 山荘に戻り、あらためて戸締まりをし、昼そうそう帰路に着きました。途中、車の中で、妻が「来て良かったね」と言います。「うん、そうだな」と答え、救われた気持ちになりました。体調のひどく悪かった私ですが、ほんとうに作手に来て良かったと思いました。

山荘に着いたら、ほどよい日差しでした。
12012301.jpg

坂を下ります。これから「道の駅」へ。
12012302.jpg

下るときも慎重に。
12012303.jpg

軽貨物車助手席の加奈さん。
加奈さんのいつもの席には、米二十キロ。
12012304.jpg

「道の駅」に着いたら、雪が残っていました。
12012305.jpg

「道の駅」手前の、展示用ログ。
12012306.jpg

「道の駅」すぐ裏。誰も居ません。
12012307.jpg

「道の駅」野外休憩所。誰も居ません。
12012308.jpg

「道の駅」駐車場。週末は満杯なのに、すっからかんです。
12012309.jpg

2012.1.23撮影

歯車がはずれたような感覚

 この年の松の内は、どの日も寒々とした天候でした。日の光は薄く、風邪は冷たく、曇りがちの空がつづきました。結局、豊田の家で家族三人、こもるようにして過ごしました。

 松が明けた七日、ようやく日の光にぬくみが差してきました。山の草刈りなど、やらなければならない作業もあり、二週間ぶりに作手に向かいました。

 作業は、山の中腹の倉庫付近の草刈りや木々の間引きなど、延べ二日間の作業でした。ところがこの作業で、わたしはすっかり疲れてしまい、豊田の家でダウン。このブログの更新もできませんでした。寄る年波をつくづく実感します。

 14・15日の週末は、寒さがまた逆戻り。作手の山では先週に続いての作業。また日曜の朝は、Kさんが山荘を訪ねてくださいました。とても貴重な話を伺うことができました。

 とりとめもなくこのように書き、打ち明けますが、今のわたしの心は、まるで人生の歯車がはずれたような感覚でいます。あれもしなければ、これもしなければ、と思いながら、なにひとつ出来ないのです。こんな精神状態からは、はやく抜け出したいのですが、為すべきを為さなければ、先に進みません。ボクシングでいえば、打たれて打たれてダウン寸前のところ。こんな泣き言で、この年が始まりました。

山荘手前の、西洋シャクナゲの前で。
20120101.jpg

赤いマフラーは、ゆうかおばさんからの正月プレゼントです。
20120102.jpg

山荘の入り口付近は、雪で凍っています。
20120103.jpg

雪かきをして、のぼりくだりの路をつけました。
20120104.jpg

山の笹を刈るため、山路へと向かいます。
20120105.jpg

山の中腹のプレハブ小屋付近の笹を刈ります。
加奈さんは監督。服装は完全武装です。
20120106.jpg

小屋の上の青空。
20120107.jpg

2012.1.7-8撮影
プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード