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鴨ヶ谷・向山湿原の草刈り

 二十六日の日曜は、作手自然愛好会メンバーによる夏の草刈り作業でした。例年の鴨ヶ谷・向山湿原の入り口道路の草刈りに加え、姶良火山の火山灰堆積付近の草刈りもしました。朝の八時から昼の十二時までにおおよその作業を終了。参加者七人。男子三名が草刈り機使用で、女子四名が草の片付けという作業分担。みな六十歳代で、これ以上の人数減少は、これが限界かと思われます。

 このところ蒸し暑い日が続いていましたので、日差しを心配していたのですが、当日は曇り空。夏の作業にはさいわいな天気でした。鴨ヶ谷では、道はしの草を刈り終えたのち、湿原内の帰化植物であるオオハンゴウソウの抜き取りも行いました。この季節、わたしならばひとりではとても踏み入る気のしない藪状の湿原です。恐る恐る他の人たちのあとにつき、草の根元近くを両手で握り一本一本を抜きました。みなさん、泥だらけになりました。

 十時の休憩のさいには、繁茂したハンノキを切るか否かが話題となりました。湿原の面積はおよそ千坪。その五分の一ほどでしょうか、ハンノキの林が占めています。林など、かつては存在しなかったとのこと。もとの湿原らしい状態にもどすため伐採した方がよいという意見。かたや景観上、今のままの方がよいという意見。わたしは複雑な思いでただ聞くばかりでした。

 景観上どちらがよいかは別として、わたしには、考えあぐねている問題があります。自然の遷移と人間の営みとの関わりにおける、是非の判断基準の無さ。また自然保護に対する社会の意識とわたしたちのそれとの落差。例えば、作手村総人口に対する湿原ボランティア数の割合、0.16パーセント。それらを思うとき、わたしは一抹の虚しささえ、感じたりします。これ以上は泣き言になりますので、やめましょう。

 最後に楽しいことを書いて終わります。場所は書きません。二十五日の土曜、わたしたち家族三人で出かけました。せせらぎに沿った明るい林の中の道を、山の奥へとすすみました。去年見つけたホソバノヤマハハコを確認するためです。ありました。白いビロウド状のつぼみをつけていました。つぼみの凛とした可憐さもさることながら、すっと伸びた細葉のいさぎよさ。来週の花もぜひ見に行くつもりです。

 帰るさい、沢沿いにササユリを発見、さらに林の入り口にも見つけました。去年はありませんでしたので、これもうれしい発見です。さらにキイチゴの実がなっていましたので、妻ともども摘んでは食べました。黄色の実はモミジイチゴ、赤い実はクマイチゴでしょうか。これらの実は、翌朝のヨーグルトの具ともなりました。たったこれだけの出来事ですが、わたしたち家族にとってはこの上ない幸福に感じられたひとときでした。

こんな実です。
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こんな具合にたわわになっていました。
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以上、2011.6.25撮影
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勇気づけられる草刈り

 先週の土曜は雨。日曜は豊田市地元地区の草刈り。作手の山には行けませんでした。作手の山と豊田の自宅とで、草刈り、草刈り、草刈りがつづきます。豊田市の自宅といっても市街地ではなく、旧郡部に属する地域なので、周囲は山や田んぼです。作手ほどではありませんが、けっこう草刈りにも時間を費やします。

 地元の草刈りでは、朝の八時から、まず公民館に集合します。二百人以上でしょうか。県道沿い、公民館周辺、遊園地などの草刈りを、手分けして行います。区として決められた場所の草刈りは二時間くらいで終わり、それからは自宅周辺の草刈りになります。わたしは今回、自宅の裏に借りている畑が少しありますので、その周辺の草を刈りました。

 作手の山の草刈りは、妻とともにおこなうものではありますが、所詮わたしたちだけの作業です。そんな作業を続けていると、時には、ずいぶんと無意味なことをしているように感じることがあります。山を管理すること自体、正直言ってむなしく思うときもあります。こうしたわたしにとり、地元地区の草刈り作業は、良い勇気づけになります。

 何百人もの人たちが、日時と場所を同じくしてひとつの作業を共同で行い、作業の大切さをみんなで確認し合います。みんなで草を刈り、またゴミを拾うことで、地域コミュニティの大切さが再確認されます。わたしたちが生活をしていく以上、周辺の環境を整えることは、やはり必要なことなんだと再確認させられます。

心を暗く覆うもの

 わたしの死など、取るに足らないものだと思います。わたしの人生にしても同じです。人生を軽んじるわけではありませんが、わたし自身に限って言えば、わたしの生死など、もうどうでもよいことだとすら思います。

 なのに、老いた今、わたしの心を暗く覆うものがあります。これからは、この暗い覆いとの心の戦いになるのでしょう。若い頃は運命にあらがい、結局わたしの一生は、なにものかにあらがい続ける一生のようです。

このあと、みんなで草刈り作業をしました。
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2011.6.4撮影

HP作成に思うこと

 先週末は雨。はやくも梅雨入りです。山には行かず、自宅で一日中、パソコンに向かっていました。いま、わたし用のホームページを作成中です。最初は、どんなものにしようかとかなり迷いました。まず何を発信するのか。今までの人生でふかく関わってきた事柄を書き連ねてみました。またどのようなデザインにするのか。あれこれと想像をしてみました。

 結局、短歌と創作作品による、文章だけのシンプルなものに決めました。読みやすくするため、背景は灰いろ、文字は黒いろ、たったこれだけの配色です。寂しいかな、とも思います。またこの寂しさは、わたしの本質であるようにも思います。

 過去の作品と向き合うことは、わたしの人生をふり返ることでもあります。六十年余を生きてきました。短歌を詠み始めたのが、二十歳代半ば。十年ほどつづけ、いわゆる挫折しました。それからほぼ三十年経ちました。いまは、心身障害のひとり娘の将来など、生活不安を感じたりしています。概して言えば、寂しい人生だったなとも思います。

 わたし自身の人生体験から、人には定めがあるように思います。定めは、わたしの文芸創作上の中心テーマです。歌を詠み始めた若い頃は、定めにあらがい生きていました。老いた今は、あらがう力もありません。定めを受け入れるしかありません。受け入れる準備をするため、およそ五十年、まがりなりにも本を読み、学んできたのかも知れません。

プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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