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野外パーティ

 29日土曜は、妹家族が野外パーティをひらくというので、そちらに参加。さらに日曜は朝の雪のため、結局今週末も、作手には行けませんでした。来週も日曜は、地元自治会の集会の予定があります。せめて日帰りをと、土曜の天候を今から、案じています。

 29日の野外パーティは、フランスからの留学生を中心に二十人くらいが集まり、昼前の十一時頃から、夜八時ころまでつづきました。妹のざっくぱらんな気前の良い性格が、多くの人に受け入れられるのでしょう。

 メイン料理は、五平餅、ピザ、ハムの薫製、バーベキュー。これにホットワイン、オードブル、ポトフ風スープ。それにみなさんが持ち寄った料理にスイーツ。みんな手作りです。加えてビールに日本酒。意外だったのは、妹と同年配の日本のおかあさんたちが、ホットワインをジュースのようによく飲み、フランスの留学生たちが、日本酒をおいしいといってよく飲んだことです。

 わたしと娘は午後の三時くらいまで、妻は夕方六時ちかくまで参加。わたしはもっぱら、たき火の守り役。たき火で炭を熾し、それを、妹らが手作りでしつらえた簡単な炉に移します。妻と妹は、五平餅用、スモーク用、ピザ用の炉を行き来し、それぞれを焼き上げます。

 はじめは、写真を撮っていたのですが、人が増えるにつれて、ギブアップ。火を絶やさないようにするだけで、手いっぱいでした。

炭火を熾すため、まず薪をくべました。
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2011.1.29撮影

まず、五平餅から焼きました。加奈さんは、フランスからのお嬢さんと並んで腰かけ、少々困惑ぎみ。彼女たちが手にしているのは、ホットワイン。赤ワインに柚やショウガ、砂糖などを入れ、八十度くらいにあたためます。
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2011.1.29撮影

煙のなかで。手前やや右は、しつらえた簡易炉で、ピザを焼いています。
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2011.1.29撮影

 追記。ちなみに作手の山では、こうした野外での饗宴はありません。テレジアの苑では、冬には冬の、春には春の、自然の息吹が主役だからです。

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小さき花、小さき道、小さな善意

 最近、くるまを運転していて思うこと。信号無視のくるまが多くなりました。老若男女を問いません。早朝などは、追い越し禁止車線で、猛スピードで追い越すくるまも目立ちます。また自転車の危険運転も、日々の体験から実感します。社会全体の公共ルールが、薄らいでいるようでもあり、人間そのものが劣化しているようにも感じられます。

 こうした傾向に対し、社会に対し、わたしは厳しい視線を向けざるを得ません。しかしその一方で、最近とみに、人の善意が身に沁みるようになりました。たとえば、いま話題のタイガーマスク現象。若い頃のわたしなら、冷ややかな視線を注いだものですが、いまはすなおに、その善意をくむことができます。

 また道で見知らぬ人から、軽く会釈されたとき。あるいはゆずるほどの気持ちでもないのに道を空けたさい、やはり見知らぬ人から小声で返礼のことばをいただいたり。こんなささいな善意に、わたしは恥ずかしくなるほど恐縮し、感動させられます。と同時にふだんのわたしのぶっちょうづらを、反省します。これは明らかに、涙もろくなったわたしの老化現象のせいでしょう。

 さて「小さき花のテレジア」。わたしの娘の洗礼名です。その「小さき花」の由来は、リジューの聖テレジアが24歳の若さで亡くなったことにもよりますが、もうひとつ、彼女の唱えた「小さき道」にも通ずるからです。

 小さき道。大いなるわざには及ばないけれど、小さな善意を大切にしよう。大きな困難には立ち向かえなくとも、小さな犠牲をほほえみをもって受け入れよう。神への愛のあかしとして、小さな愛のおこないを心がけよう。かんたんに言えば、こんなことでしょうか。

 若い頃のわたしは、なにごとかをなし得る強大な力、また強力な犠牲的精神にあこがれました。しかし老いた今は、小さな善意の大切さをしみじみと感じます。そうした小さな善意の集合が、社会の善意を形成するのだと思います。

 小さき花のテレジア。この洗礼名をさずかった娘の幸福に、心から感謝します。

さて今週の作手行きは、このブログ記事を読んで断念しました。
T&Tさんのブログ、「きままにフォト」から

不美人林

ほかにも同地で撮影された雪の作手、長の山湿原の写真がありますので、ごらんください。

作手郷の風景、その原点

 15日土曜は、小雪のちらつく作手郷でした。道の駅にも、客足はありません。店のレジの女性も、今年はとにかく冷たいと嘆いていました。去年の夏の猛暑といい、最近は、暑さ寒さが極端なように感じます。雪積大の予報に、山荘に泊まるのは断念。冬の作業がはかどりません。テレジアの森をひとめぐりして、早々、帰路につきました。不安のとおり、16日から17日にかけて、この地方としては大雪となりました。

 「作手郷の風景、その原点」として、以下の二枚の写真をご紹介します。春から夏、そして秋へと、作手郷は豊穣のときを迎えますが、それらはすべて、こんな荒涼たる風景から始まります。

農道より、右に向かって。
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2011.1.15撮影

農道より、こんどは左に向かい写しました。まぼろしの湿原の里を彷彿させる風景です。
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2011.1.15撮影

さて17日の作手郷の雪風景。森楽さんのブログをごらんください。
「雪が降り続いています!」


青空に感謝の初作業

 1月8日土曜日。今年初めての作業日でした。風は冷たくても、青い空と透きとおった日差しに感謝。十時半ころ山荘に到着し、荷を下ろした後、まずは、農機具修繕センターに向かいました。年末に点検整備を依頼していた、チェンソーを受け取るためです。

 電動式、エンジン式各一台。エンジン式は刃を付け替えてもらい、整備含めてしめて5800円。係の人の親切な点検説明に、おおいになっとく。帰りぎわ、事務所のカウンターに置いてある数個の小さな石に気づきました。これはなんですか、と聞くと、ちょっときれいだからと笑顔のへんじ。先月お話した、ちいさな銀河ステーションの風景。

 いつものコースで買い物をし、昼食。作業は午後の二時から、妻とふたりで始めました。まずは、ヤマザクラの丸太切り。妹たちがスモークハムをつくってみようかと言いますので、家に持ち帰るためです。新しい刃に替えたチェンソーの切れ味に感激。太いヤマザクラの幹が、なんなく、次から次へと切れます。

 丸太切りを終えてからは、山荘手前の舗装路の両端の枯れ草を刈りました。これも妻と共同作業。結局、これらの作業を終えたのは、午後の五時近くでした。ところで、作業をする場所は、その日の天気により決めたりします。この日は午後からの作業でしたので、西日のあたる比較的あたたかな山荘入り口付近にしました。

 翌早朝は、山全体が霜で真っ白になるくらいの、すっかり晴れた良い天気でした。それでこの朝の作業は、山の中央あたりに位置する湿地の草刈りにしました。南に面したなだらかな谷地状の場所であるため、朝は日だまりとなるのですが、午後からは西の山にさえぎられて日がかげるからです。霜のとけた朝の9時ころから昼までが、作業どきです。

 年末に荒刈りをしていますので、今回は仕上げの草刈りをしました。やはり妻とふたりの作業。草を刈り、集め、一輪車に積み、数十メートル離れた位置まで、山坂をのぼったりくだったり。作業をしていたら、小鳥が1羽、近くの地面にやってきました。なんの鳥かと思い、「鳥さん鳥さん、あんたはいったい何鳥だい」と聞きましたら、「おまえなんか、知らないよ」といった具合に首をちょこちょこっと動かし、飛び去ってしまいました。

 青空に感謝の初作業日でした。

テレジアの森の冬枯れの風景。北の尾根に向かって。
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2011.1.8撮影

テレジアの森の冬枯れの風景。モミの木を基準に、東の山の斜面を背景。
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2011.1.8撮影

テレジアの森の南手前、湿地のそばで。
この日の作業で、舗装路端の冬枯れ草を刈りました。
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2011.1.8撮影

まだ固い白梅の蕾。妻が声を上げましたので写しました。
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2011.1.8撮影

青空と冬枯れのコナラ林。
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2011.1.8撮影

この日の作業の道具。エンジンチェンソーと草刈り機。
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2011.1.8撮影

道具のある位置から、空を写しました。
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2011.1.8撮影

お墓参り

 年末年始は作手で過ごし、めいっぱい作業をする予定でしたが、雪のため断念。結局、きのう(2日)の墓参りのついでに、ほんの少し立ち寄った程度に済ませました。家の墓が、豊田の自宅と作手の山荘の中間地点にあるため、少し足をのばし、山のシキミを採りに行ったのです。

 家の墓を建てたのは、まだ父が生きていた頃です。作手の山を共同で買ったとき、同じ方角だから墓参りにも便利だ、というのも父にすれば、購入のひとつの理由でした。その父も亡くなり、その言葉どおりに、作手からの帰りに、ちょっと墓に立ち寄るといった便利さがあります。

 もう十年くらい前になるでしょうか。墓を前に詠んだ歌を紹介します。何も言わない石の墓ですが、何かを語りかけているようにも思われ、そんな墓地の中に立つと、人生をしみじみと感じたりします。

新しき年の始めに墓に来て命を思い詠みし歌歌
祖母と父の鎮まり居ます石の辺にいつしか生えし南天のあり
墓を前に思いは過去に連なりてよぎるものあり語ることなし
墓の辺に我ら立ちつつ見渡せば目にぞやさしき枯山並みの
建ち並ぶ中に小さき墓もあり水子の像に冬の日は差す
墓を行きゆくりなく読む享年の幼きもあり若きもありぬ
プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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