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小テレジアの命と加奈さん

 娘の洗礼名は、「小さき花のテレジア」。娘が六歳のときに受けた洗礼名です。娘といっしょに、妻もカトリックの洗礼を受けました。娘の洗礼名の名付け親は、わたしの短歌の師であった、カトリック信者の方です。

 わたし自身は、とくにどの宗教集団に属しているわけでもなく、またカトリックについての知識もほとんどありませんでしたので、その名を聞いたとき、かわいらしい名前だな、と思い満足した程度でした。

 ふたりが洗礼を受けたのは、岩手県の盛岡市。それからほどなく、わたしたちはふるさとの愛知県に戻りました。岩手には七年ほど住み、娘が生まれたのも、盛岡です。ですから、娘のふるさとは岩手県盛岡市になります。

 娘も妻も、愛知に帰ってからは、しだいに特定の教会からは遠のくようになりました。でもさまざまなご縁があり、キリスト教あるいは仏教を問わず、宗教をとおしてのいろんな方との出会いがあり、楽しいおつきあいもあり、とても感謝しています。

 さて、わたしが娘の洗礼名の意味を知ったのは、十年近く前、パソコンのインターネットが普及し始めた頃です。検索でテレジアという人を知ったのです。カトリック聖人にふたりのテレジアがいて、そのうちのひとり、小テレジアと呼ばれるひとりが、リジューのテレジアすなわち一般に、「小さき花のテレジア」とされる女性だったのです。

 1873年生まれ、1897年没。24歳の若さで亡くなりました。それを知ったとき、わたしは初めて、洗礼名の意味をそして師の心を知りました。師は、小テレジアに娘の命を重ね合わせていたのだと、思います。当時、娘の命は、そんなに長くは生きられないと、見られていたのです。

 印象深い、思い出があります。洗礼の打ち合わせか、なにかの折でした。いく人かの集まる前で、スイス人である初老の神父さまが、わたしの娘にまなざしを注ぎ、二十歳までは生きられないでしょうね、とおっしゃったのです。わたしは、その穏やかな口調に内心、びっくりしました。娘の生と死に、祝福が与えられたような、わたしはそんな気がして、ひそかに心の安らぐ思いがしたものです。

今はとっても元気な加奈さん。下山地区の三巴(さんば)の朝市に行きました。
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2010.11.28撮影

旧三巴(さんば)小学校の運動場を利用しています。
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2010.11.28撮影

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「テレジアの森」最後のはなやぎ

 山のもみじが、今年最後のはなやぎを見せています。こんなときは、文より写真ですね。

山荘手前の舗装路をはさんで、西日を浴びるコナラもみじ。
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2010.11.20撮影

切り倒したヤマザクラの前で、ひなたぼっこ。
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2010.11.20撮影

遠くのお母さんの作業を見守る、加奈さん。
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2010.11.20撮影

坂をゆっくりと登り、もみじの路の、加奈さん。
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2010.11.20撮影

もう一枚、もみじの路の加奈さん。
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2010.11.20撮影

ちょっとひと休みをし、お母さんの方をふり返る加奈さん。
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2010.11.20撮影

ふたたび、山荘手前の舗装路をはさんで、夕日を浴びるコナラもみじです。
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2010.11.20撮影

翌日、朝の日を浴びる、東の山。
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2010.11.21撮影

もみじとレクイエム

 先週末から今週末にかけ、わたしどもの山はもみじの真っ盛り。樹木の種がさまざまなため、山全体を見渡すときの色合いがかなり複雑です。これには理由があります。わたしたち家族が植栽した樹木が、あちらこちらに散らばっているからです。自然の成り行きだけにまかせていれば、こうした華やかさはないと思います。

 こんなもみじのさまを、どう表現したらよいだろうと思っていたら、しっくり合った音楽に出会いました。日曜の朝、わたしたち家族は、8時5分からのラジオ番組、「音楽の泉」を聴くことが日課となっています。14日の朝は、フォーレのレクイエム。それを聴きながら小一時間、わたしは窓外のもみじのさまを眺めていました。

 レクイエムといえば、わたしの場合、まずモーツァルトです。若い頃は、好んでよく聴きました。同時にフォーレのそれも好きでよく聴きましたが、モーツァルトの劇的なレクイエムに比べると、レクイエムらしくないなと思っていました。

 でもいま老いて、山のもみじのさまを眺めていると、フォーレのレクイエムがとてもよく似合ってるいるような気がします。最後の華やぎの色をまとい、散り、やがて朽ちる葉。ひと冬の眠りにつくかのような樹木。あらたな再生。フォーレのレクイエムは、老いを、死を、天国での再生を、しずかでやさしさにあふれた旋律で歌い上げます。

山畑の刈草を焼くお母さん
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2010.11.13撮影

お母さんを見る加奈さん
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2010.11.13撮影

角度を変えて、山荘とイチョウと加奈さん
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2010.11.13撮影

小さな花のテレジアの園

 わたしたちの山には、地図上の名とは別に、呼び名があります。母が名付けたもので、娘の洗礼名をそのまま使用しています。当時、わたしにはそうした発想がまったくなかったので、ある時、その名を記した木の板が立てかけてあるのを見て、少しおどろきました。「小さな花の テレジアの園」と、書いてあったのです。

 父と母にとっては孫にあたる心身不自由な娘です。娘のためにというだけの理由で、山を共同購入したわけではありませんが、わたしの両親にしてみれば、やはりそうした思いが一番強かったのでしょう。もちろん、親にしろわたしたちにしろ、それは漠然とした意識のもので、ただ単純に娘のためにと、思っていたにすぎません。

 ところでこの名を、当時からですが、ふだんわたしたちが口にすることはありませんでした。長すぎますし、この呼び名のイメージと山のイメージが、どうしても合わないような気がしていたからです。母は草花を好み、山のあちこちによく植えていましたので、そのあたりはたしかに「園」となります。でも全体は、やはり山なのです。

 さて、二十年近く前のその木の板は、すでに朽ち果て今はありません。また山の様相も、当時とはすっかり異なったものとなりました。木は生い茂り、松は立ち枯れ、二十年前の明るい広々とした感じは、なくなりました。それなのに、わたしの気持ちが変化したのでしょうか、今では「小さな花のテレジアの園」という名を、受け入れて良いような気がしています。不思議ですね。通称、「テレジアの森」、とでもしましょうか。

 当ブログの副題として、「テレジアの森」から、を付け加えました。

柿落ち葉の路
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2010.11.7撮影

雨のため家ごもり

 土曜と日曜にかけては、台風14号のため雨模様。そのため作手には行きませんでした。三週間前の、豊田市保見地区の祭りのさいにも行きませんでした。日帰りすらしなかったことは、めずらしいことです。

 土曜も日曜も、家族で近くのスーパーに買い物にでかけたくらい。あとは家の中。妻はそれなりにさまざま家事をしたりしていましたが、わたしはテレビを見たり、パソコンの前でぼんやりしていたり。娘はほとんど終日、テレビの前です。

 結局ごろごろしているうちに二日が過ぎてしまい、なんだかかえって疲れた感じです。やはり作手の山に行くことで、心身ともにエネルギーをもらっているような気がします。

プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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