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AOZOLA

 平日、作手に用事ができ、金曜から日曜にかけて滞在しました。金曜は小雨でしたが、土曜から日曜の昼にかけては、信じられないくらいの青い空。天気が良いというだけで、楽しくなります。
 以下、写真。

雲ひとつない青空。
山荘のある山の上のそら。
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2010.9.25撮影

千万町の茅葺屋敷に行きました。
車で10分くらいのところ。
真ん中が加奈さん、背を向けているのがお母さん。
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2010.9.25撮影

茅葺屋敷の前で。
コーヒーと玄米だんごをいただきました。
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2010.9.25撮影

翌朝、山荘入り口にて、アケビ。
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2010.9.26撮影

入り口付近、ヌマトラノオの草もみじ。
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2010.9.26撮影

山荘入り口に面した湿地。
朝日に輝く木立。
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2010.9.26撮影

昼、庄の沢湿地にて。
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2010.9.26撮影

アップ。
湿げんの複雑な色合いが見えるでしょうか。
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2010.9.26撮影
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お出かけ

 19日の日曜は、豊田市の環境美化の日。自宅のある地区で草刈り作業を行いました。そのため作手には18日の土曜のみ、日帰りで行ってきました。まず「すずかぜ」に寄り、次に「道の駅」の豆腐屋さんへ。そして「道の駅・山家市」へ。さらに農協で買い物をし、昼前に山荘に着きました。いつものコースです。

 ところでわたしたちは、ほぼ毎週作手にでかけます。こんな生活を二十年以上つづけています。わたしと妻と、娘と、いつもいっしょです。娘はもう三十六歳なのですから、ふつうの子ならば、とっくに独立して親ばなれをしています。私たち夫婦も、今とはちがった暮らし方をしているはずです。でも娘は、心身不自由の身。

 実は、わたしたちと同様な生活をしている人たちは、たくさんいます。障害を持った人の場合、平日はデイサービスに通うのですが、週末はどうしても社会との関わりが希薄になります。その分、親が工夫をするわけです。

 外に出られる障害者ならば、週末ごとに、親子でドライブに出かける家族もいます。また障害の比較的軽い意志のある人ならば、親としては、子が好む映画やショッピングなどに連れて行くことになります。もちろん、親が直接に連れ出せないケースもあります。そんなときは、ガイドヘルパーさんに依頼します。

 では重度の障害を持った人の場合は、どうでしょう。通常は、家で過ごすしかありませんが、それでも年に数度、介護の可能な家族旅行などを計画したりします。それもかなわないケースは、訪問看護を受け、本を読んでもらったり、コミュニケーションをはかったりしてもらいます。

 障害のあるなしにかかわらず、人の本性は、社会とのかかわりを求めるようです。そんなわけで、毎週毎週、わたしたちは家族で「お出かけ」をします。

山荘入り口にて
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2010.9.18撮影

日曜の朝の素敵なプレゼント

 9月12日の朝、豊田市しもやま地区の「農産物直売所合同イベント」に出かけました。朝の8時に山荘を出て、まず「三巴の朝市(お買い上げの方先着100名様に新鮮な野菜を1袋プレゼント)」に。妻は買い物。娘は車の中。近くの土手に、花の見頃となったツルボの群生がありました。なのに、誰も見向きもしません。自然からの花のプレゼント。わたしたちだけで楽しみました。

 次ぎに向かったのは、「Natural A 産直広場(500円以上お買い上げの方に花苗プレゼント)」。途中の山道では、フシグロセンノウなど秋の草花が。いつもゆく花屋さん。娘を車からおろし、カメラのモデルに。親しくなった店員のMさんには、庄の沢湿地への地図をわたしました。わたしたちはいつも、陽気なMさんから元気をもらいます。

 次は、時間調整のため「三河湖ふる里市場(野菜袋詰1品プレゼント)」へ。ここまで来ると、買った野菜がすでにいっぱい。ひと袋だけナスを買い、ひと袋のピーマンをプレゼントされました。妻はよろこんでいましたが、わたしにはとてもはずかしく……。

 さらに十時開店の「山遊里(やまゆり)」へ。ここではジェラートがサービスされるとのことでしたが、もう野菜がいっぱいでしたので、ハムなどを買うことに。娘も店内をあちらこちら。ジェラートとアイスコーヒーを買い、椅子に腰を下ろして三人でひと休みしました。ところで、隣の椅子とテーブルで休んでいたご夫婦。花屋さん、ふる里市場でもいっしょになったお二人でした。そのほか何組かのご家族も。

 帰りは三河湖畔を。途中、サイクリングの一団に出会いました。狭いくねくねした道をすごいスピードで向かってきます。次から次へと。曲がり道からぱっとあらわれる時など、まるで鳥が空を切るような感じです。ひとりの人など、路傍の草むらに突っ込んでしまいました。ほんとうに次から次へと。娘もきゃあ、きゃあぁあと大喜び。次から次へと。結局この一団、作手の広い通りまで続きました。

 日曜日の朝の素敵なプレゼント。

いつもの花屋さんにて
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2010.9.12撮影

命の木その一

 山荘の東側の菜園に、ひときわそびえるイチョウの木があります。放射状に枝をのばし、空に向かってすっくと立っています。十五年ほど前に豊田の家の庭から移し植え、今ではわたしたちの山を象徴するほどの木となっています。

 山荘を訪れるさいには、おのずと目に入る位置にあり、また山荘の北側窓をとおして、葉の茂りをまぢかに見ることができます。植えた当初は、山荘の窓から見下ろしたものですが、いつの頃からか見上げるほどになりました。

 このイチョウの木は、娘が生まれた時の記念樹です。記念樹として買ったのはたしかですが、苗木をいつどこで購入したのか、さだかな記憶はありません。盛岡市の八幡宮か住吉神社か、とにかく神社の市で買いました。また娘が生まれる前なのか、後なのかの記憶もありません。

 購入した時には、小さな鉢植えの丈十センチほどの苗木でした。わたしたち夫婦は、当時アパート暮らし。将来の展望などまったくありませんでした。それでも娘が生まれることは、わたしたちの心に希望をもたらしたのでしょう。記念樹を買ったのです。

 なぜイチョウだったのか、それも記憶にありません。ただわたしたち夫婦ふたりして、しあわせな気分で購入した淡い記憶はあります。それから三十六年。2010年、九月六日。娘もイチョウも、三十六歳。娘の命とイチョウの命が、わたしには重なって見えます。

イチョウの木の下で

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2010.9.5撮影

まず書かなければならないこと

 前回、わたし自身の人生に残された、限られた時間について記述しました。今回はその「限られた時間」の中で、まず何をしなければならないかを記します。何をしなければならないのか。それはわたしにとっては、何を書かなければならないのかと、同義です。

 わたしはまず、娘のことについて書かなければなりません。わたしたち夫婦には、娘がひとりいて、ほかにこどもはいません。娘は半身不自由な身で、自立して生活はできません。生まれてまもなく、脳の手術を受けました。生死の境を生き、いつ死んでも不思議はない命と言われ、こんにちまで生きています。

 娘は、自分で字を書いたり、絵を描いたりすることができません。ふつうの人のように、能動的に人生を生き、それをなんらかのかたちで自己表現することができません。わたしはここに生きているんだ、というように主張することができません。

 でもやっぱり、娘は娘なりの人生を送っています。彼女なりの心の発信があります。そしてそれは、わたしたちの心をたしかに和ませてくれます。月並みな言い方ですが、野に咲く花のような存在です。

 そうした娘の人生を、わたしは記録に留めたいと思います。作手の山には、実はわたしたちが勝手につけた名があり、それは娘の洗礼名です。

プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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