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限られた時間の中で

 わたしがずっと若かった頃、今のわたしの年齢くらいのある方が、この歳になるとしきりに死について考える、と言っていました。当時のわたしにとり、それはまだまだ先のことという感じでした。でもこの歳になってみると、たしかに死は身近なものに感じられます。

 なによりも感じるのは、限られた時間の中で、生きているということです。わたしにとっては、死そのものより、自分の創作活動がいつまで続けられるかに関心があります。創作が出来なくなった時点で、それがわたしの精神上における死といってもよいでしょう。

 一般的な老人の体力・気力から推測すると、若々しい気持ちで創作に立ち向かえるのは、おそらく七十くらいまでか、それを少し過ぎるまでが限界のように思います。とすると、わたしが六十五歳で働くことから解放されたとしても、創作に充分な時間をかけられるのは、せいぜい五年強という計算になります。

 たった五年です。ほんとうに限られた時間しかありません。スピノザ哲学と仏教を融合したい、マルコ伝の短歌大連作に取り組んでみたい。限られた時間の中で、ライフワークの成就が実に危ういものになっています。こんなふうに人は歳を重ね、死んでゆくのでしょうか。

 次回、同様のテーマで、作手の里に関連した思いを記します。



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とらえがたい色

 先週末は、金曜から日曜まで、作手に二泊三日の盆休みでした。といっても、いつものように草を刈ったり木を切り倒したりで、けっこう疲れた三日間でした。

 15日の日曜には、妹と姪が、胃ろうの母をともない、山荘にやってきました。母を看るのは姪と妻にまかせ、妹を庄の沢に案内しました。ちょうどミズギクが咲き始めていたのです。最近なぜか自生の植物に興味を持ちだした妹。携帯でしきりに花の写真を撮っていましたが、湿地全体の風景は、表現できないと言っていました。

 そうです。写真技術がないため、わたしたちには表現できません。あの湿地全体がかもしだす茫洋とした魅力は、写真はおろか言葉をもってしても表しがたいものです。色が複雑に混ざり合っているからです。

 咲いている花を列記。ミズギクの黄色。サギソウの白。ところどころにミズギボウシの淡いむらさき。またオモダカの白。これらの花が、ヌマガヤの明るい葉むらの中で目に立ちます。しかもよく見れば、その緑の葉むらの中には、ミミカキグサの淡い紫がいっぱいに広がっています。さらにその下陰に、モウセンゴケでしょうか、はるかに小さな白い花の散らばりがあります。

 湿地全体は淡いみどりに包まれていますが、淡いみどりとだけでは表現できない、実に複雑な色合いをなしています。色を専門に扱う人ならば、きっとうまく表現できるのでしょうが。……言葉で表現できないもどかしさ。

 T&Tさんが、作手の水辺風景また滝風景などを撮ってみえます。

T&Tさんのブログ、「きままにフォト」から
-巴川は今朝も…-

 合わせて、作手の植物などは、こちらをごらんください。
森楽さんのブログ、「雑木林で森を楽しむ!」から


「トンボ」の自然展

 内藤信司(作手自然愛好会前会長)さんの、トンボの標本と写真の展示会が開催されます。以下、案内状の文面を記載します。また一部の写真は、次のサイトからごらんください。

作手自然愛好会・魔法のめがね

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「トンボ」の自然展 開催のお知らせ 

日時:8/17(火)~8/22(日)
場所:こども未来館ここにこ(旧豊橋市民病院跡)
主催:三河生物同好会

 中西会長の御尽力で、私の持っているトンボの標本と写真を展示する事になりました。
 作手を中心にした東三河のトンボに加えて、宮崎時代、大阪時代に採集したすべてのトンボを標本にしたものが並びます。今では見られないトンボもあります。
 とても自慢できるような内容ではありませんが、是非この機会に御笑覧下さい。
 (内藤信司)
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 なお内藤さん自身は、20日及び22日に、会場待機されるそうです。ご都合のつく方、ご興味のある方は、ぜひごらんください。

引き続き猛暑、哀しい作手

 先々週に引き続き、先週末もたいへんな暑さでした。この暑さの中、八月一日は恒例の黒瀬地区の草刈りでした。八時から十一時まで。わたしも、今年は参加することができました。作業内容は、二年前と同様。下は二年前のブログです。

「黒瀬地区の草刈り作業」

 二年前と違ったのは、わたしの体調です。はるかに衰え、庄の沢湿地では吐き気すらもよおし倒れるかと思ったほど。いまからすれば、熱射病一歩手前ではなかったかと思います。その日はとにかく熱く、午後からでも異常に熱く感じられました。

 作業日の前日、土曜日。いつもゆく「道の駅」の豆腐やさん。先日は、夜の十二時まで気温三十度、眠られなかったとのこと。また夕方、山荘手前の舗装路で会った散歩中の女性、「作手も暑くなりました」。暑くなった作手が、挨拶代わりの言葉となりました。

 作手の夏は涼しい、作手の夏の夜は寒いくらい。これがわずか十年くらい前まで、人々の間で交わされた言葉です。いま、そんな言葉は聞かれません。作手の里に、ある種の理想郷を求めたわたしにとっては、とても哀しいことです。

プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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