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オオスズメバチ群飛来

 なぜか今年は、オオスズメバチがたくさんやってきます。体長が四、五センチもあり、まるで軍艦が飛んでいるかのようです。わたしも妻も、あたふたと騒ぎ立てることはありませんが、近くに飛来されるとさすがに危険性を感じて身を低めます。オオスズメバチに刺されて、毎年何人かの死者がでるほど危険な蜂です。

 今まで、わたしたちの山ではオオスズメバチは見かけなかったように思います。ふつうのスズメバチには、何度も巣をつくられました。それが去年、パタリとスズメバチが居なくなりました。安心していたところ、今年のオオスズメバチです。オオスズメバチは、土の中に営巣するといいます。それらしいものには、まだ出くわしていませんので、あるいは他の山から飛来するのかも知れません。

 トラップをつくりました。合成酒と酢と砂糖を混ぜた液を、ペットボトルに入れて木につるします。吊したはなから、オオスズメバチが入ります。先週ふたつ用意したものが、一週間の間にいっぱい捕獲されていました。捕獲状況を見て、今後もつくり続けるつもりです。なお、トラップに入るのは、たいていはスズメバチとオオスズメバチです。どう猛な蜂なので、かなりきつい味と匂いを好むのでしょう。

 家の中にも入ります。ログの隙間から、いくらでも入ることができます。もっとも集団で入るわけではありません。紛れ込んだ程度で、ときどき一匹が天上あたりを飛んでいます。ハエ叩きでたたいてやるか、殺虫剤で殺します。昆虫界の食物連鎖の頂点に立つといわれるオオスズメバチ。生物多様性保持のためには、それなりの存在意義があるそうです。まあ学問的にはそうかも知れませんが、とにかく刺されたくはありませんね。
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作手村誌・本分編

 作手村誌・本分編が完成したと、大石さんから連絡があり、日曜日に本を受け取りに行きました。A4版で八百ページを超す大著です。四百字詰め原稿用紙に換算すると、二千枚を超えます。旧作手村の全体像が、この一冊で理解されるでしょう。第一編、自然。第二編、歴史。第三編、行財政。第四編、産業。第五編、教育。第六編、民族・文化。

 平成十八年の作手村政百周年記念事業として、計画、編纂されました。平成十四年から八年にわたる歳月を費やし、今年三月三十一日付けで発行。この間平成の大合併により、平成十七年には新城市に合併。作手村の名が消えただけに、いわゆる部外者であるわたしにとっても、感慨ひとしおのものがあります。

 飾り気のない、あたたかな文体は、三十数名の編集委員のみなさんに共通し、とても読みやすい本となっています。また生活に密着した執筆内容でもあり、この点でも、心惹かれるものがあります。たださすがに八年を要した大著だけあって、簡単に読み通せる量ではなく、今後少しずつ読ませていただくつもりです。

 ただただ感心させられるのは、編集委員のみなさんの情熱です。あとがきによれば、意思統一をはかるため、各部会の代表者による「代表者会」を百回以上も開催し、さらに代表者から各委員への内容伝達も、徹底をはかったとのこと。村人口三千人にして、この偉業。旧作手村民の文化的底力を痛感します。

山でなにをしているの?

 ごくまれに、仕事関係の方に、作手の山について話すことがあります。自然食品を扱う会社なので、環境問題に関心を持つお客様が多いのです。わたしが毎週山に行き、手入れ・管理をしていると言いますと、ほとんどの方が、家庭菜園で無農薬野菜などをつくっているものと、思われるようです。ときには、副業として林業の間伐をしているのかと、聞かれることもあります。

 残念ながら、わたしたちの山は、そのような生活に密着したものではありません。自生する木や花の種をゆたかにするために、わたしたちは手入れをしています。手入れをする上での留意点は、風景の美しさ。であれば、ガーディニングと言えば分かりやすいのでしょうが、ガーディニングのイメージともまったく異なります。庭ではなく、山なのですから。

 めずらしい山野草を集めているわけでもありません。あるいは、特定の種のさまざまを植えているのでもありません。またある種に限り、群生地をつくっているわけでもありません。たぶんそうしたほうが、他の人々には理解しやすく、注意をひき、魅力的に映るのでしょう。わたしたちの山は、平凡と言えば、平凡な山です。昔どこかで見たような、そんな風景の山です。でも現実には、どこにもないなつかしい風景だとも思います。

 先週末の作業は、ウワミズザクラのめぐりの木々を伐採しました。ウワミズザクラは、この時期、白いブラシ状の花をつけます。木を大きくしたいので、迫っているまわりの木々を切りました。さらに前の週末には、タムシバのまわりの木を切りました。コブシに似た花が咲き、良い香りのする香木です。こうして手入れをしたウワミズザクラやタムシバが、さらに大きく成長するのが、楽しみです。


木を植えた男

 偶然には、不思議な力があります。十数年前の、山荘を建てた前後の頃だったと思います。妹家族に誘われ、豊田市民の家「リゾート安曇野」に宿泊しました。そのさいに「安曇野ちひろ美術館」に立ち寄ったのです。わたし自身は、いわさきちひろに関心があったわけではありません。妹家族の計画した観光の場所として、立ち寄ったに過ぎません。

 ちひろの作品が理解できないわたしは、美術館内の図書室で、棚にならんだ絵本を、手にしたりしていました。そうして、「木を植えた男」に出会ったのです。帯のコピー、「フランスの山岳地帯にただ一人とどまり、荒れはてた地を緑の森によみがえらせたエルゼアール・ブフィエの半生」…。当時、わたしたちは作手の山で、まさに木を植えていた真っ最中。ひといきに、その絵本を読んでしまいました。

 わたしたちは、絵本の主人公とは異なり、人のために木を植えたのではありません。それでもその本を読んだとき、同じように木を植えているんだという感動を覚え、励ましを受けたものです。主人公のブフィエには深い親近感をいだきました。まったく偶然の出会いにもかかわらず、その絵本は、わたしたちへのプレゼントだったのです。

 この連休から週末にかけ、わたしと妻とは、やはり木の植え替えに追われました。二十年経ち、地肌むき出しだった山は、いまでは緑あふれる山。スコップで穴を掘り、木や花を植えあるいは植え替え、水をやる作業は、父や母の分までふくめると、おそらく数千回になるのではないかと、思うほどです。

 もちろん、山自身が持つ生命力によって、山の緑が生き返ったことは、言うまでもありません。わたしたち家族がなした作業など、山自身が持つ生命力に比べたら、ひとかけらほどのものでもありません。でもわたしは、これでよかったと思います。木を植えることで、わたしたちは楽しい夢を見ることができました。そしてその夢が、いま現実となって、春の花たちとなり、わたしたちの目の前に広がっているのです。


極楽地獄はこの世のもの

 いつか或る方が、自らの体験をもとに、極楽地獄はこの世のもの、と語っていました。会社経営をしていた人で、お金の有る無しに関わる、極端な体験からの言葉のようでした。わたしはあまりお金には縁がありませんが、極楽地獄はこの世のもの、という言葉には頷けます。

 極楽地獄は、そうした信仰を持つ人々にとっては、死後の世界を指しています。しかしわたし自身の体験からすれば、極楽地獄は、まさに現実世界に存在します。この世が地獄であると思うほどの辛い体験はありませんが、極楽は体験しています。

 極楽というより、あるいは浄土と表現すべきかも知れません。自分がまさに極楽浄土に居る、と思うひとときを体験したのです。それは作手の山に居たときのことです。わたしの心が一瞬のうちに回転し、光や空や山々が、木草や花が、すべてが命あるものとして輝いて見えたひとときでした。美しさを越えた美しさ。わたしは、ああ天国極楽とはこのような世界を指すのだと、思いました。

 ちょうどこの連休のころ、山荘のある山は、一年でもっとも過ごしやすくまた風景の美しい時期です。神秘体験でなくとも、極楽浄土の世界はこのようなものだと、わたしは思います。わたしの尊敬する方の歌に、次のような作品があります。

■子らもわれも すこやかにして 五月なり チゴユリ咲けり ユキザサ咲けり

 この歌は、そのままわたしたち家族の姿であり、また風景でもあります。わたしにとっては、この現実こそ、このうえない天上の幸福にほかなりません。

プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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