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楽しい語らいの時

8/29日(土曜)、山荘に小林さんご夫妻がたずねてみえました。以前の職場で知り合い、以来、20数年来おつきあいいただいています。小牧市在住。わたしたちが作手の山を買ったさいにも、また山荘を建てたときにも、きていただいています。この山の20年の変遷を知っているのは、わたしの家族以外は、小林さんご夫妻だけです。

何年かに一度お会いするくらいですが、常にお会いしているのかと思うほど、うち解けて話し込んだりします。人柄の良いご主人、知的好奇心に充ち満ちた奥様です。

この日は、昼食を用意してきてくださいました。奥さま手ずから焼き上げたパンと、ハムやサーモン、新鮮な野菜、マスタードなどを持参。とってもおいしくいただきました。

午後の四時まで、とにかく何を話したのか思い出せないくらい、いろんな話をしました。写真が趣味のご主人、俳句を始めたという奥様。ご夫婦で写真と俳句のコラボレーションをなさりブログにのせたらと、わたしが提案。おふたりとも笑ってみえましたが、実現すると、きっと楽しいブログになるのではないでしょうか。

そういえば、わたしには、おふたりを作手郷に案内した記憶がありません。したような、しなかったような、……。いつも山の中ぱかりだったような。今度いらっしゃるときは、広い作手郷を見ていただきたいと思っています。

T&Tさんのブログ、「きままにフォト」から、
作手郷の風景をごらんください。

記事は複数回にわたっています。

作手の風景

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湿原とは何か? その一

8/23日(日曜)、庄の沢湿地はミズギクが最盛。群落の黄の色に、サワギキョウ、ミズギボウシ、そしてムラサキミミカキグサの淡いむらさきが混じっています。グランドカラーは、ヌマガヤなどの明るく柔らかな緑色。絵画を見ているような、一年でもっとも美しい風景です。

さて、これからしばらく、湿原・湿地について記述してみようかと思います。

「湿原の里・作手郷」を語るには、湿原とはどのようなものかを、まず語らねばなりません。それで以下に、作手史誌自然部会の資料原稿から、湿原・湿地についての説明記事を抜粋してみます。

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●湿原は水面でも陸地でもない不思議な存在。

枯れた植物は完全に分解されると「土」になります。水分が多く寒冷な条件の所では完全に分解されず、半腐食(なかば炭化)した状態になります。この状態を泥炭といいます。泥炭の堆積する層が厚くなるにつれて「低層湿原(池塘が多く水位の高い湿原)→中間湿原(ミズゴケ・ヌマガヤが優占種、植生がもっとも豊かな湿原)→高層湿原(陸地へと移行する)」へと移行していきます。

植物などが完全に分解されずに残ると「腐植酸」ができるため泥炭の酸性が強くなります。分解されて土に帰るはずの養分も泥炭層の中に閉じこめられてしまいやせ地となります。

泥炭層の発達した湿原は、スポンジのように軟らかくふわふわとしており、その中に大量の水を含んでいます。この状態では完全な土とは言えません。

●湿地と湿原の違い。

常に湿っている場所を湿地といいます。湿地は非常に大きな概念を持つ言葉で、浅い湖沼、あるいは沼沢地、水田なども湿地の概念に入ります。

湿原とは「過湿・貧栄養・強酸性の地に発達する自然草原」といえます。そのキーポイントは「泥炭層」の有無にあります。

愛知県には、北山湿地・藤七原湿地・矢並湿地・黒川湿地を始め多くの湿地がありますが、泥炭層がない湧水湿地であり規模も小面積です。泥炭層を有する湿原は県下では作手湿原のみです。このため「作手中間湿原群」として環境省より「日本の重要湿地500」のひとつに選定されています。

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以上が簡単な湿原・湿地の説明です。さてここで「湿原の里・作手郷」というとき、わたしたちは少し混乱をします。これについては、次回に説明しましょう。

鬱気分が吹っ飛んだ、自然観察体験。

盆休暇で、13日(木)から17日(月)まで、妻子ともに、作手の山荘で過ごしました。連日、山の木を切ったり、草を刈ったりの日々。山荘に来ると、休みに来たのか、作業をしに来たのか、判然としません。

最近の気分は、鬱状態です。今年のぼんやりとした夏の天候のせいかも知れません。でもそれだけでなく、年齢のせいもあると思います。二ヶ月ほど前に、年金受給の手続きをしました。それを終えたあたりから、この鬱気分が続いているように感じます。老後に向けての経済不安、親や子のこと。……。加えて、この山の管理など。

こんな鬱気分が、ひととき吹っ飛んだのは、17日(月)朝の、ちょっとした自然観察会でした。ブログでおなじみの森楽さんご夫妻、それに大石さんとわたしとで、朝8時半出発し、木和田の桂を観察。先導役は大石さん。

10時に帰り、30分ほど、森楽さん宅で休憩。その後は、森楽さん管理の長命湿地に、観察の場を移しました。このときには、湿地の所有者ご夫妻とすぐ近くに住むご夫婦が参加。

みなさんの鋭い質問の矢に大石さんが応答。メモをとるみなさん。まさに真剣勝負のおもむきでした。とても密度の濃い、自然観察会でした。昼の食事も忘れ、解散をしたのが、午後の一時近く。疲れました。が、貴重な観察体験に感謝。みなさん、ほんとうにごくろうさまでした。

当日の様子は、こちらをごらんください。
記事は複数回にわたっています。

森楽さんのブログ、「雑木林で森を楽しむ!」から
-長命湿地の植物など、前回の続きです!-


お米と、井戸水と、人生。

8日土曜。作手行きは、めまぐるしい一日でした。恵みある一日に感謝。日曜夕はダウン。

どうにも書ききれないたくさんの事がありました。きっと中編の小説くらいは書けてしまうのでは、と思うくらい、いろんな人の絡み、交差があり、作手の週末の二日が過ぎました。ほんとに人生って、人と時と所が複雑に交差して、今の自分が在るのだなと、つくづく思います。しかもそれは、金曜の深夜の夢から始まっているのですから、実に深淵でもあります。

と、こう書いて、また思うのは、ああこうして、死の予兆すら、すべては記憶のかなたへと消え去るのだなあ、ということです。

まあなんだか訳の分からない、ひとりごとみたいな思いですね。

8日土曜の昼頃、大石さんの家に、米を買いに行きました。20キロ、とにかくお値打ちで安全なお米を、分けていただけるので、感謝。ついでに、御宅の井戸水も、2リットル入りペットボトルに6本いただきました。加えてその場で、持参した草刈り機用超硬刃二枚を研いでいただきました。

午後からは、Kさんが、山荘に来宅。二時間ほど、作手の湿原保護について話し合いました。Kさんは、ご主人とともに名古屋市から作手に、移り住んだ方です。広い畑地を借り野菜などを作っています。ご夫婦には、この春、桂の巨木を案内していただいたり、たびたびお世話になっています。

しりきれとんぼの記述になってしまいますが、一日のたったこれだけの出会いに見えて、実はもっとたくさんの人の交差があり、人生があるのだと、あらためて感じさせられた週末でした。

記録(yumekanbeenzelubigsikimiogawatumakonasutomatomoloksishopwork)

去年の今頃は?

この週末は、雨のため作手には行かずじまい。
それで今回は、去年の今頃の作手の山を、短歌で紹介します。
あらためて読んでみて、わたし自身、こんな思いでいたのかと、驚きました。

2008.8.2-3

はかなくもなお華やぎて紅淡くガクアジサイの花は萎えゆく

オミナエシ咲き居る奥のひとところトウキの白き花開き初む

何を思い亡き父は植え給いしかトウキの白き小花は咲きぬ

カタバミのいと小さき花咲くを見る暑き真昼の庭草かげに

瀬の水の冷たきに手を浸すとき細葉のかげにギボウシはあり

山峡に蝉鳴く声の満つる午後ひそかに我は死を思い居り

われの死をひそかに思い居りしときかすかに風は身をよぎりけり

キキョウひとつ花開きたり次ぎて咲く蕾いくつかふくらむ先に

ゆくりなく少年の日を想うかな桔梗の花の咲きたるを見て

淡々と老いの心になつかしむ少年の日のひとつ出会いを

桔梗咲く花原に語り合いにしも遠き日のこと淡きおもかげ

汝がひとみ潤むを見しは桔梗咲く花原なりき遠き日のこと

プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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