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庄の沢湿地

先週、カキランが咲いていました。管理する山の前の、道路端です。一瞬、敷地内に移そうか、迷いました。でも地元の人たちが散歩もします。ひとりでも多く、見て楽しんでいただきたいと思い、結局そのままにしておきました。
6/28日、残念ながら、カキランは掘られ、跡形もなし。道路端とはいえ、わたしたちが所有管理する山と、やはり管理を任されている向かいの湿地の条件があってこそ、カキランが自生したのです。
でもこんなこと、掘ってゆく人たちには、関係のないことなのでしょう。

さて今回の湿原紹介は、「庄の沢湿地」です。28日の午後二時半頃から、大石さんが講師をつとめ、同地で、自然観察会がありました。新城市から、二十名ほどの参加者がありました。

●庄の沢湿地
ショウノサワ1
水田が20年以上の間、耕作されなかったために、元の湿原状態になったところです。湧水湿地で泥炭の発達はありません。湧水の量が5つの湿地ごとに異なるため、植生もそれぞれ異なります。5つの湿地のうち上段と下段は乾燥気味。上から2段目は湧水の量も多く、ミズギク、トキソウ、サギソウ、ミミカキグサ、ウメバチソウ、サワギキョウなどの湿地を代表する植物が多く生育しています。

サギソウ
ショウノサワ2
ミズギク
ショウノサワ3

中段の湿地はハルリンドウなどが自生し、ハッチョウトンボ、ハラビロトンボ、キイトトンボなどのトンボ類も多く生息しています。
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作手高原の中間湿原群・湿原分布図

6/21日は、ひさしぶりに作手自然愛好会の定例会に参加しました。
日曜日の午後からということで、帰路につくため、いつもは参加しません。
しかし、参加すれば何か得るものがあります。
今回は、日頃疑問に思っていた遺伝子汚染、そして遺伝子組み換え植物について、教えていただきました。

今回は、「作手高原の中間湿原群・湿原分布図」です。

 作手高原の中央部は、平均標高550mで、周囲を600~700m級の山々に囲まれた隆起準平原で、南北に帯状に伸びています。高原の東側は豊川の中・下流域の平野部から一気に500m以上も標高差があり、この地域に特異な気象条件を作り出しています。
 年間の平均気温が12.5℃と低く、ことに夏季が比較的低温であること、年間降水量が、2,300mmと極めて多いことから、夏季低温多雨という特殊な気象条件となり、スゲ・ミズゴケ湿原が生まれた原因となっています。
 作手高原の湿原は、地下水で涵養(かんよう)され、植生が維持される低層湿原と、ミズゴケなどが広がり、雨水のみによって、植生が維持される高層湿原の部分を併せ持った典型的な中間湿原です。
 また、長年の間に植物が堆積してできた泥炭層からなる湿原で、愛知県内では唯一の存在となっています。

2012.1.24
 湿原植物の乱獲があるとの指摘をいただきました。よって具体的な場所などについては、削除いたしました。たいへん、残念なことです。

湿原・湿地を学び護る

6/13(土)、花の時期、小休止。咲きにおうばかりの花は見られませんでしたが、山に湿気はなく、風のさわやかな青葉の風景でした。梅雨とは思えない快適さです。

●湿原・湿地を学び護る

人の侵入を拒んできた湿原も、江戸時代から水田や農地として利用され、昭和40年代には農業基盤整備により、大規模に開発されて、そのほとんどが姿を消していきました。

しかし、近年、保全の動きが高まり、長ノ山湿原、鴨ヶ谷湿原の整備。清岳向山湿原に木道や案内板の設置。城山公園湿原の造成。湿原の森黒瀬庄の沢湿原の生態系保全施設としての整備など、湿原群の保全と保護、復元が積極的に行われるようになりました。
シッチヲマナビ1

地元ボランティアによる保全と保護活動とともに、自然観察会の開催や植生調査など、幅広い活動が展開されています。
シッチヲマナビ2

また、開成小学校の裏にあるがんばり山湿原(朴橋湿原)では、児童の総合学習で四季を通した観察の場となっています。

このように、かつては人々の暮らしにとって利用価値のない厄介者であった湿原も、生物の多様性を保つ大切な自然環境と認識され、保全の機運が高まってきました。

しかし、周辺林の生長による日陰や湧水量の減少、遷移による植生の変化や開発による湿原・湿地の減少や縮小、採取などによる希少種の消滅や減少、移入種の持ち込みなど、今後の保全活動を推進する上での課題もたくさんあります。

湿原・湿地の保全保護

6日と7日は、6月と思えないほどのさわやかな天気でした。
山に入ると、甘い香り。特定の花のにおいではなく、いくつかの花の香りが混ざっています。
エゴの花が、見事に咲いていました。
とりわけ、うすべにの花は、見事。

※うすべにの花降るごとく咲き匂うエゴの一樹の下陰に立つ

今回の湿原記事は、次のとおりです。

●湿原・湿地の保全保護

旧作手村では、長ノ山(ながのやま)湿原、鴨ヶ谷(かもがや)湿原の公有地化を図るとともに、清岳向山湿原と庄(しょう)ノ(の)沢(さわ)湿地の寄付を受けて湿原及び湿地保全の取り組みをしてきました。

県による自然公園及び自然環境保全地域の指定、長ノ山湿原の天然記念物指定などを受け、駐車場や公衆便所の設置。保護柵、解説板の設置などをおこなわれてきました。

また、県立作手高校の生徒たちにより、農業基盤整備事業で消滅する東田原(ひがしたばら)湿原のミコシギク、カキツバタ、サギスゲなどの植物を、本宮山スカイライン白鳥料金所付近の人口湿地への移植や、鴨ヶ谷湿原の遷移による植生変化を防ぐためのヨシの除去などが行われました。
ホゼンホゴ3

近年では、地元ボランティア(作手自然愛好会)が清岳向山湿原の散策路を整備するなど、献身的な保全保護活動が行われています。
ホゼンホゴ1

ホゼンホゴ4

さらに、文化財専門委員による移入種の除去や草刈、監視委員によるパトロール、ボランティアによる清岳向山湿原の植生変化のモニタリングをおこなうなど、活発な保全保護活動が行われています。
ホゼンホゴ2

作手の地形と湿原

鳳来寺山自然科学博物館で、6/29(月)まで、作手の湿原紹介の特別展が開催されています。6/28(日)には、大石さん他の講師で、ツアーも予定されています。
これに関連し、上記特別展の展示パネル用の原稿を、大石さんからいただきました。作手の湿原についての説明が、簡潔に記述されていますので、順を追って、ご紹介します。

●作手の地形と湿原
ツクデコウゲントシツゲン1

豊川の右岸側(西)は現在でも少しずつ隆起して三河山地をつくっています。作手の清(きよ)岳(おか)・高里(たかさと)・田原(たばら)とその周辺の山々は比較的なだらかに連なっていますが、これは非常に長い侵食作用が続いてつくられたもので、三河準平原といわれています。
標高500~570mの作手中央部の高里では、二つの水系の分水界を形成しています。しかし、かつての分水界は、白鳥付近にあったと考えられており、北高南低の地殻変動(南方への傾斜運動)が徐々に進むなかで、大地を侵食しながら現在の分水界付近に移動してきました。
盆地状になった中央部に浅く広大な池ができ、そこに繁茂した植物が枯死し、半腐植状態のまま堆積を続け長い年月をかけて泥炭湿原を形成していきました。

●作手の湿原のなりたち

大野原泥炭地の成り立ちは次のように考えられています。
①分水界の移動前後、下刻と側刻の侵食力で丸底の皿状の谷が形成され、泥炭が堆積しやすい地形ができた。
②分水界の移動後、流量の減少で河川の流れが固定し、背後湿地で湿生植物が繁茂した。
③側方斜面の小河川から水と土砂の供給を受け、枯死堆積した植物遺体は夏季の低温と湖沼状態による酸素不足で充分に分解されず、部分的に砂礫層を挟みながら泥炭層を形成した。

大野原湿原の泥炭層の形成開始時期は約32,000年前とされ、27,000年前頃から本格化し、その後約3,000年前頃まで泥炭の形成が継続していたと考えられています。大野原湿原堆積物中には7~8枚の火山灰層が含まれていることが報告されています。主な火山灰層は次のような年代です。
※姶良(あいら)Tn火山灰:AT.約25,000年前
※大山(だいせん)系火山灰:D.約17,000年前
※ウツリョウ-隠岐(おき)火山灰:U-Oki.約9,300年前
※鬼界(きかい)-アカホヤ火山灰:K-Ah.6300年前

長ノ山湿原の堆積物はTn火山灰(AT)降灰以降の堆積で、泥炭は約8,000年前からと考えられています。古大野原湿原堆積物の堆積速度は鬼界-アカホヤ火山灰(K-Ah)の堆積以前と以後で異なり、以前は6.7cm/1,000年、以後は27.0cm/1,000年であり、長ノ山湿原堆積物の堆積速度は15.9cm/1,000年であると報告されています。
プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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