FC2ブログ

簡単な自己紹介

(Authorより■2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介しています)


パソコンが直ったとの連絡が入ったので、3月7日(土)、修理店に引き取りに行きました。約一ヶ月ぶりに復活。ついでに動作が鈍くなっていたので、不必要なプログラムを削除など。風邪も引いていたし、そんなこんなで、今週末は作手には行かず、家ごもりして過ごしました。

ひさしぶりのブログ更新です。今回は、簡単な自己紹介と、作手との関わりを記します。

あらためて初めまして。佐野喬則といいます。会社員。定年まで3年。会社では、通称、カイといいます。

平日は豊田市保見町の自宅で過ごし、土日の週末は作手で、家族と過ごします。家族は妻と娘ひとり。娘は心身が不自由で、そのため週末は家族同一行動です。

作手との関わりは、20年前になります。両親と共同で山を買い、15年前に山荘を建てました。以来、山の管理に追われるように、週末通いを続けています。

山の管理と書きましたが、林業を目指しているわけではありません。じゃあなんの管理なのか、ということになりますが、これを説明するのは、とてもむつかしいです。しいて言えば、その土地本来の多様な植物が自生するための環境作り、ということになるでしょうか。松枯れ、獣害などの反作用に悩まされながら、不要な木草を刈り払っています。

山の管理については、作手自然愛好会のみなさん、とりわけ地元の大石さんに教えられました。会のみなさんが行っている湿原保護のボランティア活動に参加することで、人の交わりと、自然に対する考え方を得ることができました。

最近、フィールドという言葉を知りました。自然観察のためのフィールド、という具合に使用するようです。わたしにとっての作手のフィールドは、3段階あります。

まず第一に山荘をめぐる山。週末暮らすためのもっとも身近なフィールドです。標高差があり、細い水の流れがあり、また南にひらけた谷地状の土地であるため、乾地性のものから湿地性のものまで、植物の多様性に富んでいます。

第二のフィールドは、散策しながらめぐり得る範囲です。村の小集落があり、田んぼがあり、高根山湿地に庄の沢湿地があります。庄の沢湿地は、春から秋まで花の絶えることがない、湿原植物の観察には最適の場所です。湿地に沿った林道を辿ってゆくと、やがて三河湖を望む山の高台に至ります。

さて第三のフィールドは、作手郷全体ということになります。そしてこの第三のフィールドは、作手を愛する人々が共有するものであり、いわば基礎的フィールドということになります。この基礎的フィールドのうえに、みなさんそれぞれの生活の場があり、楽しむ場があり、自然の営みと人々の営みとが、絶妙なバランスを保っているのが、現在の作手郷ではないかと、わたしは感じています。

さらに、作手郷の内で、農産物の自給循環がなされていることも、加えて記しておきましょう。また少しづつですが、木材の利用も増してきています。薪、炭、一部柱の建築用などです。

観光スポットとしての作手ではなく、もう少し深く作手の自然にふれてみようと思われる方がいれば、よろこんでご案内します。作手自然愛好会のホームページからメールをいただければ、ありがたく思います。
スポンサーサイト



リンクで、助けてもらいます。

(Authorより■2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介しています)


作手郷を扱ったホームページ・ブログを、紹介します。こちらをごらんになれば、作手郷のおおよその感じは、つかんでいただけると思います。実情を言えば、わたしの手間をはぶいたわけで、今回は、リンクで助けてもらうことにしました。

作手見聞録
旧作手村を愛する思いが、いっぱいにつまったサイトです。
(リンク後、すぐに運営者の方から、連絡をいただきました。サイトを閉じるとのこと。長い間、ほんとうにご苦労様でした。ひとつずつ、何かが消えていきます。これも作手郷の歴史だと思います。ミラーサイトを残してくださいましたので、そちらにリンクしました。少し寂しいですが、思いは充分伝わります。)

作手の風
旧作手村が、一番輝いていたときのサイトです。なつかしいですね。

雑木林で森を楽しむ
こちらは、現在進行形。ほぼ毎日更新。作手郷の森に遊ぶ楽しさが満載。作手郷の今を知るには、おすすめのブログです。


作手郷って、どんな村。

(Authorより■2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介しています)


作手郷って、どんな村。

(このブログは「作手自然愛好会」の姉妹ブログです)

今回は、作手郷について記述します。

●湿原の里・作手(つくで)郷(現新城市、旧作手村)

 「作手(つくで)に嫁に行けば、米が食える」。戦後間もない頃、作手近隣の村で交わされたことばです。戦中・戦後の食糧難を生きた世代には、ほおーっと、感嘆のつぶやきがもれるのではないでしょうか。それほどに作手は、米作りに適した豊かな里です。

 作手郷には、こうした米作りにふさわしい風土があります。その特徴を以下に記してみましょう。まず地形的な特徴として、周囲を低山に囲まれた標高500メートル余の高原状の地であるという点です。そしてこの地形が、標高差による気温変化に加え、作手高原特有の「夏期低温多湿」の気象現象をもたらしています。平均気温12.5度、年間降水量は、全国平均よりおよそ600ミリメートルも多い約2300ミリメートルです。

 これら地形的・気象的な環境に対して、作手郷の地中に広く分布する粘土層が水の透過を防いだことにより湿地が生じ、およそ3万年の時をかけて、愛知県では数少ない泥炭湿原が形成されました。かつて作手郷には、東海地方最大の中間湿原「大野原湿原(約50ヘクタール)」がありましたが、今では、戦後の農業構造改善事業により、そのほとんどが水田化しています。

 さて作手郷を端的に表現すれば、「湿原の里」であると言えます。歴史を遡れば天平の時代、三河の三長者のひとりで作手に住んでいたとされる米福長者は、作手の湿原を水田に変えて米を作り、そして鍛冶、酒造、馬の市などで富を築いたといわれています。小高い丘をなす城山から、かつての大野原湿原方面を望むとき、古代の人々のいそしみ働く姿が彷彿とし、「豊葦原の瑞穂の国」の原風景を見る思いがします。

 なお、わずかに残された貴重かつ非常に自然度の高い湿原の保全活動は、現在「作手自然愛好会」のみなさんを中心に、有志の方々により行われています。また作手郷の植物観察なども、同会のみなさんによって行われ、愛知県下では屈指の多様かつ貴重な植生が確認されています。

●そのほかの、湿原の里・作手郷の特色を簡単に列記してみます。

 その一、郷内に白鳥神社が集中している(全国的にも珍しい数とされる)。
 その二、善福寺・甘泉寺などの古刹がある。
 その三、古い歴史があり、それを大切にする人々が居る。
 その四、野仏・地蔵仏が多く見られる。
 その五、古くからの民間信仰が残っている。
 その六、甘泉寺のコウヤマキ、白鳥神社の大杉など、巨木が多い。
 その七、一般に、女性が聡明で元気である。
 その八、教育に熱心である。明治期、全国に先駆けて実業学校の創設に乗り出す。
 その九、熟練したさまざまな手業を持った人々が居る。竹細工、豆腐作りなど。
 その十、なんと言っても、米(ミネアサヒ)がうまい。地元の学校では給食に。

●一部引用及び参考にした記事
広報「つくで」2004.2.15号より
HP「作手見聞録」の「作手の七不思議」より

来訪者のみなさんへ

(Authorより■2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介しています)


来訪者のみなさんへ

このブログは、「作手自然愛好会」の姉妹ブログです。

作手は、つくで、と読みます。愛知県の東部に位置し、平均標高550メートルの、高原の里です。平成の大合併により、2005年に新城市となりました。

作手郷の魅力を、いろんな角度から、少しずつ、ざっくばらんにご紹介します。

プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード