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日帰り

 日曜は、豊田市自治区の草刈り。そのため作手には、月曜に日帰りで行きました。朝の九時に自宅を出発し、買い物などもして、夕方17時に帰宅しました。山にいる時間は、せいぜい五時間くらいでしたが、雨も降らず、親子三人外に出て、予定していた作業を済ますことができました。

 たとえ日帰りでも、毎週作手にゆくのは、いくつかの理由があります。そのうちのひとつに、加奈さんのため、ということがあります。デイが休みで自宅に居る場合、加奈さんは、結局一日中テレビの前に座っているだけです。自分からは何もできないので、テレビのチャンネルを変えることもできません。

 作手の山でも、やはり何もできません。外で腰を掛けて、妻とわたしの作業を見ているだけです。それでもテレビを見ているよりはましです。時々声を掛けたりもできますし、加奈さんにしても、鳥や虫たちの動きをそれなりに観察しているらしく、鳥だよ、蜂だよ、などと言いながら、恐れるわけでもないのに、たとえば蜂を避けるようなパフォーマンスをしたりします。

 行き帰りの車の中では、ラジオをかけます。行きはFMの音楽番組、帰りはNHKのトーク番組、とたいてい決まっています。加奈さんは音楽が大好きです。クラッシックからポップまで、メロディをなんなく口ずさむことができます。トークも大好きです。車の中で、みんなで大笑いしたりします。

 加奈さんがいればこその、作手の山行きです。さて今日火曜は、台風4号接近。被害の大きくならないよう、願っています。

これはなんでしょうか。答え、鹿に食われたギボウシの葉っぱです。
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ササユリの蕾。今のところ、鹿に食われていません。
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ヤマオダマキ。
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ウツギ、平凡な花です。その他イボタも満開。写真には撮りませんが。
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梅雨時のもみじ。
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帰る頃になり、少し晴れ間が。
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コアジサイと、カワラナデシコを陶のカップに。
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6.18撮影
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加奈さんの風邪

 先週、加奈さんが風邪をひき、そのまま悪化。結局、デイを一週間休みました。それでもいまひとつ良くはならず、週末の作手行きは中止。十二月六日(火)現在の今も、体調がすぐれず、デイを休んでいます。

 また妻もわたしも、ダウン気味。一家、寝込むほどではありませんが、鬱々と過ごしています。

天気の良い日は、布団を干しながら、部屋の中で日なたぼっこです。
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加奈さんのファースト朝食。手前はバナナなど果物入りの自家製ヨーグルト。左カップは水。右のグラスは麦草粉末などの入ったドリンク。起床後にまずこれらを食します。病気になっても、わたしたちが医者にかかることはまずありません。その分、食生活に注意をはらいます。
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結局、一日中テレビを見ながら過ごすことになります。加奈さんは自分から何かをする能力がありません。テレビのチャンネル操作もできません。加奈さんがひとりになったら……。わたしたちのような親の誰もが、かかえる思いです。
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以上、2011.12.5-6撮影

松葉酒

 つゆが明け、名古屋・豊田あたりでは、連日35℃前後の猛暑日が続いています。標高550メートルの作手も、涼しいといった感覚はありません。炎天下ならば、都市部より若干ましかな、という程度です。木陰の風の涼しさが、せめてもの救いです。それと、夕方から夜にかけての涼しさが、かろうじて高原らしさを保っています。作手も暑くなったと、しみじみ思わされます。

 こうした暑さの中、草刈り作業もはかどりません。反して草は、どんどん伸びるばかり。午後の日の傾く三時を過ぎた頃から、ようやく重い足腰を動かします。さて土曜の午後、わたしが最優先して為したのは、松の枝を伐ったことでした。松の葉を摘んで、松葉酒を造るためです。松の葉を摘み取るのは、娘の加奈さんの仕事です。柿の葉陰にシートを敷き、そこに座り込んで、松の葉を摘み取ります。これは加奈さんひとりの仕事。丁寧に摘むので、延々と作業が続きます。その間、わたしと妻とは草刈り作業です。

 ところで、松葉酒を造るようになったのは、妻の高血圧がきっかけでした。ネット上で、高血圧に良い民間療法を調べていて、知りました。材料は、松に水に粗糖。作り方は、これらを混ぜて発酵させるだけ。味は、松特有のきつい感じがありますが、わたしたちにとり違和感はありません。今では、ハーブを入れて飲んでいます。きつい味がやわらぎ、それなりにおいしく感じられます。

 松もハーブも水も、わが家ではすべて天然のもの。ですから、お金もかかりません。健康とは本来、自然の恵みからいただくものなのかも知れません。ちなみに余談になりますが、わたし自身、血圧はかなり高めです。これは明らかに、酒の飲みすぎが原因しています。お金をかけて健康を害している、愚かな愚かな見本です。

これから、松の葉を摘み取ります。
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やり始めたら、一心不乱に作業します。
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正面から。ひざにいっぱいの松葉。
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もくもくと、ただ黙々と作業に励みます。
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さて、これがハーブ入り松葉酒です。自宅にて撮影。
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以上、2011.7.9.11撮影

思い出した脳手術

 先々週のことになりますが、本をお借りしました。小倉重成著「自然治癒力を活かせ」。副題は「難病治療の決め手」。帯には「難病克服の基本原則・治験例・体験記」とあります。創元社刊。

 仕事での配達先に鍼灸院があり、たまたま先生からお話をうかがう機会を得ました。いつも訪れる患者さんが多く、特別の治療法でもなさっているんですか、とわたしが聞いたところ、通常の鍼灸とは違います、との答え。違いをかいつまんで話してくださり、そのおりに、この本をお貸しくださったのです。

 信頼する人からすすめられた本は、必ず読まなければならないと思うのが、わたしの気性。優先して読みました。著者(故人)は西洋医学・東洋医学をともに修めた医学博士。町医者としてさまざまな患者の治療に携わり、その体験から、西洋・東洋いずれの医法をもってしても治しきれない病のあることに直面します。そして広く学び研鑽の努力を重ね、自然食療法に光明を見いだします。読み進んだゆくうちに、若い頃のなつかしい思いがこみ上げてきました。

 もう四十年も前のことです。若い男性の多くがそうだと思うのですが、わたしは強健な身体に深いあこがれをいだいていました。筋肉を鍛えることにも、ふつうの人以上に励みました。強健に関わる書物も多く読み、そうした中で出会ったのが、桜沢如一氏のマクロビオティックです。むさぼるように本を読み、玄米根菜食の実践を厳格に行ったものです。その後、結婚をし、妻共々に実践に努めました。

 ところが、そんなわたしたちにたいへん厳しい試練が訪れました。この経緯については、詳細を省き、ごく簡単に記します。生後三ヶ月の娘に、脳動静脈奇形が発覚したのです。入院し、一昼夜のうちに数度の脳手術を受け、生死の境をさまよいました。そして手術後、娘は眠っているのか目覚めているのか判然としない状況に陥り、それが幾日も続きました。

 このとき、若かった妻は自らまさに決死の覚悟をもって、医師の反対を押し切り、娘を退院させたのです。そして病院からのいっさいの服薬を拒否し、マクロビオティックの提唱する食事療法に沿って、夜昼となく看護にあたったのです。そうして生き抜いたのが、今の加奈さんです。

 加奈さんが二十歳になるくらいまで、彼女にだけは、玄米根菜食は厳格に実践しました。その後は、ゆるやかな実践の中で、こんにちに至っています。わたし自身は、いつの頃からか、仕事の関係もあり、玄米を食べることもなくなりました。正食からはなれ、本を読み学ぶこともなく、若い頃からすればずいぶんだらしのない生活を送っています。このような事情のせいで、今回お借りした本を読み進むうちに、若い頃を思い出し、なつかしさをおぼえたというわけです。

 さて小倉氏は、健康を得るための大原則として、次の六つのカテゴリーを唱えています。心、姿勢、呼吸、食べ方、鍛錬、環境。いずれもわたしの体験上、なっとくできることばかりです。加えて、本をお貸しくださった鍼灸院の先生は、腹を冷やさないようにとおっしゃいました。いまのわたしの生活を反省し、ただ単に読んだということに終わらず、今度ばかりは具体的な実践をはかります。

小倉重成著「自然治癒力を活かせ」。
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今では、とっても元気な加奈さん。マスクは杉花粉対策。
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2011.4.3.撮影

苑の山道を歩きます。
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2011.4.3.撮影

ヤマモモの木の前で。
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2011.4.3.撮影

小さき花、小さき道、小さな善意

 最近、くるまを運転していて思うこと。信号無視のくるまが多くなりました。老若男女を問いません。早朝などは、追い越し禁止車線で、猛スピードで追い越すくるまも目立ちます。また自転車の危険運転も、日々の体験から実感します。社会全体の公共ルールが、薄らいでいるようでもあり、人間そのものが劣化しているようにも感じられます。

 こうした傾向に対し、社会に対し、わたしは厳しい視線を向けざるを得ません。しかしその一方で、最近とみに、人の善意が身に沁みるようになりました。たとえば、いま話題のタイガーマスク現象。若い頃のわたしなら、冷ややかな視線を注いだものですが、いまはすなおに、その善意をくむことができます。

 また道で見知らぬ人から、軽く会釈されたとき。あるいはゆずるほどの気持ちでもないのに道を空けたさい、やはり見知らぬ人から小声で返礼のことばをいただいたり。こんなささいな善意に、わたしは恥ずかしくなるほど恐縮し、感動させられます。と同時にふだんのわたしのぶっちょうづらを、反省します。これは明らかに、涙もろくなったわたしの老化現象のせいでしょう。

 さて「小さき花のテレジア」。わたしの娘の洗礼名です。その「小さき花」の由来は、リジューの聖テレジアが24歳の若さで亡くなったことにもよりますが、もうひとつ、彼女の唱えた「小さき道」にも通ずるからです。

 小さき道。大いなるわざには及ばないけれど、小さな善意を大切にしよう。大きな困難には立ち向かえなくとも、小さな犠牲をほほえみをもって受け入れよう。神への愛のあかしとして、小さな愛のおこないを心がけよう。かんたんに言えば、こんなことでしょうか。

 若い頃のわたしは、なにごとかをなし得る強大な力、また強力な犠牲的精神にあこがれました。しかし老いた今は、小さな善意の大切さをしみじみと感じます。そうした小さな善意の集合が、社会の善意を形成するのだと思います。

 小さき花のテレジア。この洗礼名をさずかった娘の幸福に、心から感謝します。

さて今週の作手行きは、このブログ記事を読んで断念しました。
T&Tさんのブログ、「きままにフォト」から

不美人林

ほかにも同地で撮影された雪の作手、長の山湿原の写真がありますので、ごらんください。

プロフィール

カイ

Author:カイ
奥三河・作手郷の風景を、「テレジアの森」から、お届けします。2010年9月より、娘の生活、生い立ちをとおして、より深い心の風景としての作手郷を紹介します。

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